ホテル・スプレンディッド

2000/10/24 松竹試写室
孤島に建つ老舗ホテルは生まれ変われるのか?
不気味でおかしなブラック・コメディ。by K. Hattori


 本土からフェリーで数時間の距離にある孤島に建つ、病気療養者向けの長期宿泊施設“ホテル・スプレンディッド”は、家族経営のメリットを生かしたアットホームな雰囲気と、先代の肝いりで続けられている食餌療法と水治療で知られている。ホテルの経営を取り仕切り、現在の地位を打ち立てた先代の女主人ブランチェ夫人は1年前に亡くなり、夫であった先代の支配人モートンも引退。だが現在は長男デズモンドが支配人職を継ぎ、弟のロナルドが料理長、妹のコーラが水治療の担当者として働くなど、相変わらずの家族経営でホテルの格式を守っている。変化のない規則正しい毎日の中で、ホテルが先代ブランチェ夫人の一周忌を迎える日、島の港にひとりの女がやってくる。それは数年前までホテルの厨房で働いていた、副料理長のキャスだった……。

 周囲の社会から孤立し先代女主人の遺言という呪縛にとらわれている人々を、外部世界からやってきたヒロインが解放するというのが基本的な話の流れ。しかしこのホテルというのが、健康な人でも病気になってしまうような不気味なもの。常連宿泊客はほとんどが精気のない老人ばかり。建物は薄暗く、内部も不潔でジメジメしている。汚水から発生するメタンガスを燃料にしているというボイラーはいつも暴走気味で、ホテルに張り巡らされた配管は四六時中ギシギシと不気味な声を上げ、パイプや壁の隙間からは(おそらく独特の臭気を伴う)蒸気が噴き出し、洗面所やトイレは逆流して噴水のように汚水を吹き上げる。配電盤や配線は老朽化してスパークしている。空はいつもネズミ色に曇り、海岸も湿地帯のようにいつもジメジメと濡れている。出される食事は味も香りも飛んだ煮込み料理ばかり。こんなホテルに射し込んだ一条の光が、新しい料理人のキャスなのだ。

 死んだ女主人の呪縛によって、ヒロインが苦痛と恐怖を味わうという展開は、ヒッチコックの『レベッカ』を連想させる。このホテルはまるで幽霊屋敷だ。特異な造形センスやグロテスクなディテール描写は、『デリカテッセン』や『ロスト・チルドレン』みたい。過激な食餌療法と独特の健康法は『ケロッグ博士』を連想させる。そして物語のベースになっているのは、おそらくエドガー・アラン・ポーの怪奇小説「アッシャー家の崩壊」だろう。沼地に建つウィリアム・アッシャーの屋敷とホテル・スプレンディッドは、イメージがとても似ている。アッシャー邸にあった細かなひび割れに匹敵するのが、ホテルの地下にある巨大なボイラーなのだ。『レベッカ』は屋敷の炎上で幕を閉じ、アッシャー邸は倒壊して沼地に沈む。こうした連想が働けば、『ホテル・スプレンディッド』の結末もある程度は予想できるだろう。

 ただしこの映画はサスペンスでもホラーでもない。物語にはハッピーエンドが用意されているし、後味は爽やかなものだ。監督・脚本はこの映画が長編デビュー作となるテレンス・グロス。女料理人のキャスをトニ・コレットが演じている。脇役もいい役者がそろった。

(原題:HOTEL SPLENDIDE)


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