ヤンヤン、夏の想い出

2000/09/26 松竹試写室
エドワード・ヤンが2000年のカンヌで監督賞を受賞した作品。
3時間の映画だが最後まで面白く観られる。by K. Hattori


 今年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞した、エドワード・ヤン監督の新作。8歳の小学生ヤンヤン少年と、彼の家族の物語だ。邦題にヤンヤンの名前があるが、彼が主人公というわけでもなく、家族全員が平等に描かれた一種の集団劇。家族という「場」を舞台にした、グランドホテル形式の映画と言えるかもしれない。上映時間は3時間近いが、芯のしっかりしたストーリーと個々のエピソードの面白さで、あまり長さを感じさせない。

 映画は結婚式から始まる。新郎はヤンヤンの叔父アディで、新婦のシャオイェンは妊娠して既にお腹が大きくなっている。ところが披露宴の準備会場に、アディの元恋人ユンユンが飛び込んできて大暴れ。ショックを受けたヤンヤンの祖母は気分が悪いと言って自宅に戻り、家族が結婚式に出ている最中に卒中で倒れてしまう。

 物語は登場人物ごとに幾つかのエピソードが並行していく。どこに行っても女の子たちにからかわれているヤンヤンは、学校で自分をいじめる少女に淡い恋心のようなものを抱く。叔父アディの借金問題と、新妻と元恋人がからんだ三角関係はなかなか解決しない。家庭内のごたごたから逃れるため、母ミンミンは新興宗教に走る。父親のNJは結婚式場で偶然再開したかつての恋人に心ときめかせ、仕事面では赤字続きの会社の再建策に頭を悩ませる。姉のティンティンは、同じマンションに住む友人リーリーと恋人ファティのケンカに巻き込まれてしまう。こうしたエピソードが、3時間の映画の中にきれいに整頓されて配置されている様子は見事。グランドホテル形式の映画では、登場人物ごとにエピソードの出来不出来にばらつきがあるのが普通なのに、この映画ではどのエピソードもじつに丁寧に構成演出されている。エピソードをつなぎ合わせる接着剤の役目をしているのが、意識不明のまま眠り続ける祖母であり、彼女に象徴されている「家族の絆」なのかもしれない。登場人物たちが全員他人同士では、こうはうまく行かないと思う。

 映画の中で一番ドラマチックな展開を見せるのは、父親のNJが出張で日本を訪れ、そこで初恋の人シェリーと数日間のデートをする場面。特に父親のデート場面と、娘ティンティンの初デート場面を交互にカットバックさせる場面は素晴らしい。踏切と交差点でふたつのカップルがきれいに重なり合うくだりは、背筋がぞくぞくするぐらい興奮させられてしまった。NJとシェリーが熱海に行くところは、小津安二郎へのオマージュだろうか。東京物語で老夫婦が訪れるのが熱海だった。NJが道行くおばさんに突然「おはよう」と声をかける場面も、小津安二郎の同名映画から取ったのかもしれない。映画の最後がお葬式で終わるのは、『小早川家の秋』みたいだ。

 人間は自分の人生を生きて死ぬしかないというのが、この映画のテーマだろうか。人生にやり直しはきかない。今ある人生から人は逃れられない。でもそれは必ずしも悲劇的なことではない。今ある人生の中に、ありとあらゆる喜びも悲しみも幸せも不幸も詰まっているのだ。

(原題:Yi yi (A One and a Two) )


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