アンジェラの灰

2000/08/18 東宝第1試写室
1930〜40年代のアイルランド貧民街を描いた実話の映画化。
ロバート・カーライル演じる父親役が絶品。by K. Hattori


 フランク・マコートという元高校教師が、67歳にして初めて書いた回想録の映画化。原作は世界中で大ベストセラーになったというが、書かれた内容に間違いや偽りがあるという反発もあるようで、これは日本でベストセラーになった「少年H」を何となく連想させる。仕事をリタイアした老人(と言ってしまうと失礼だが)が、自分の生い立ちや半生を振り返った自叙伝を書くというのは、自費出版の世界ではごくありふれた事。たぶん事情はアメリカでも同じだと思う。原作を読んでいないしベストセラーになった経緯も知らないので、ごまんとある庶民の自叙伝の中で、なぜこの「アンジェラの灰」だけがベストセラーになったのか、外国にまで翻訳されて紹介されているのか、映画化までされてしまうのかはちょっとわからないけれど、この映画がなんだかすごい迫力を持った傑作であることは間違いないと思う。

 監督は『ザ・コミットメンツ』『エビータ』のアラン・パーカー。主人公フランクの母親アンジェラを演じているのは『奇蹟の海』『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』のエミリー・ワトソン、飲んだくれの父親を演じているのは『フル・モンティ』のロバート・カーライル。映画ファンならこのふたりの演技力は先刻ご承知だと思うが、この映画を観ると改めて「うまいなぁ」と思ってしまう。特にロバート・カーライルは絶品。貧しい上に子沢山。妻の実家があるアイルランドの小さな町に暮らしながら、北アイルランド出身だという理由でよそ者扱いされる男。インテリで自尊心が高く、金が入るとすべて飲んでしまう弱い男。酒を飲むことで貧しさという現実から逃避し、有り金全部を酒につぎ込んでさらに貧しくなるという悪循環から抜け出せない。でも酔っていないときは、子供たちにとって最高の父親。家族に暴力を振るうことなど決してない。彼は家族を愛している。そんな複雑なキャラクターを、カーライルが誠実に演じている。このダメオヤジがらみのエピソードだけで、少なくとも3回か4回は泣けてきます。

 この映画のもの凄さは、主人公たち一家を包む「貧しさのディテール」を徹底して描いていること。貧乏人の子沢山、赤貧洗うがごとき生活、爪に火をともす、台所は火の車など、貧乏にまつわる慣用句を総動員しても、なかなかこの家族の生活を一言では表現できないだろう。チャップリン自伝に出てきた貧乏生活も壮絶だったけれど、この映画で描かれるアイルランドの貧民街はそれ以上だ。そして主人公たちのマコート家は、貧民街の中でも最も貧しい、最低のさらに下を行く生活をしている。失業手当を全部飲んでしまう父。母アンジェラは子供を連れて教会の慈善組織で屈辱的な施しを受け、さらには教会で司祭の残飯を乞うような生活。その最低生活の場さえ追われた一家が、転がり込んだ家で受けるさらに屈辱的で吐き気をもよおすような現実……。

 そんな最低の生活を描いた映画なのに、ここにはユーモアがあり、希望があり、家族の愛がある。後味は爽やか。

(原題:ANGELA'S ASHES)


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