不貞の季節

2000/07/26 シネカノン試写室
団鬼六の同名短編小説を大杉漣主演で映画化。
男女の不思議な愛情を描く佳作。by K. Hattori


 ポルノ小説や官能小説を読まない映画ファンでも、日活ロマンポルノになった「花と蛇」などでSM小説の大家として知られる団鬼六の名前ぐらいは知っている。この映画は彼の同名短編小説を大杉漣主演で映画化した、複雑怪奇で不条理な男と女のドラマ。数多くの映画やドラマに出演し、今や日本映画界を代表する俳優として誰もが一目置く大杉漣だが、なんとこの映画が初主演作だという。監督は『800 Two Lap Runners』の廣木隆一。

 物語は小説家・黒崎の回想談である。20年前、黒崎と妻の静子の関係はどこかぎくしゃくし始めていた。かつては純文学の作家を目指し、それなりに評価も受けていた黒崎だが、今はエロ・グロ・ナンセンスの変態小説を書いている。黒崎は編集者の川田が連れてきたモデルを川田に縛らせ、縄目の下で悶えるモデルの痴態を眺めながらエロ小説を書いている。静子はそんな夫に反抗し、寝室を分けて黒崎とのセックスを拒否。しかし同時に編集者の川田を誘惑し、幾度も関係を結ぶようになる。しかも静子が川田に求めるのは、彼女が嫌いだと言っていた夫の小説そのままの、嗜虐と被虐の世界だった。やがてこの不倫関係は黒崎の知るところとなるのだが……。

 映画の中では「20年前」と言っているが、主人公夫婦は和服のことが多いし、家の造作は平屋建ての純和風だし、妻の口からは「エロ・グロ・ナンセンス」だの「純文学」だのという大時代な台詞が飛び出すし、具体的な時代背景をうかがわせる風俗描写は皆無だし、主人公夫婦は標準語だけど編集者は関西弁だしで、いったいこの話がいつ頃のどこの話なのかはまったく不明。主人公の黒崎はともかくとして、妻の静子や編集者の川田がいくつぐらいの年齢に設定されているのかも不鮮明。若いようでもあり、長年のつき合いのようでもある。こうして物語全体を所在不明にすることで、描かれている男と女のドラマそのものの輪郭まで曖昧になっては意味がないのだが、ここでは周囲をぼかすことで、逆に主人公たちの葛藤や愛憎関係が鮮明に浮かび上がってくる。

 性的な衰えを自覚し始めている男が、妻を若い男と浮気させることで自分の性欲を回復させようとする話なら、何度も映画化された谷崎潤一郎の「鍵」がある。だが『不貞の季節』はもう少し複雑。嫉妬が性欲をかき立てるのは同じだが、主人公の黒崎はSM小説家なので、自らの中に生まれた嫉妬も羨望も性欲も、すべてを小説の中で昇華させてしまうのだ。編集者に妻との不倫関係を詳細に報告させながら、黒崎は「寝取られ男」という関係の当事者から、「異様な男女関係を取材する小説家」という第三者へと瞬時に立場を変える。編集者に妻の痴態のすべてを事細かく述べさせながら、「川田くん、いいね。今のは名文だよ!」と叫んでその言葉を原稿用紙に書き留めずにはいられない、表現者としての男の悲しさ。「SM小説こそ私の文学だ」と妻に言いきった黒崎だが、「文学」とはその人の生き方に他ならない。

 笑って笑って大笑いして、少し悲しい映画でした。


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