日本の熱い日々
謀殺・下山事件

2000/06/02 俳優座劇場
昭和24年に起きた国鉄総裁変死事件の謎を追うミステリー。
時代色を演出する小道具使いの上手さ。by K. Hattori


 7月末から8月一杯にかけて俳優座トーキーナイトで行われる「社会派で行く!?」と題された特集上映の1本で、1981年(昭和56年)に製作された熊井啓監督作品。熊井監督はつい先日、松本サリン事件をテーマとした映画『日本の黒い夏−冤罪−』の製作を発表したばかり。相変わらず創作意欲旺盛な社会派監督です。

 この映画のテーマになっている「下山事件」は、前後して起きた三鷹事件・松川事件と共に、今もなお戦後史のミステリーと言われている事件だ。アメリカ軍による日本占領下の昭和24年7月6日未明、常磐線綾瀬駅付近の線路上で、前日から行方不明になっていた国鉄総裁・下山定則の礫死体が発見される。事件は殺人事件だと思われたが、その後付近で下山総裁を見たという目撃証言が出たことから自殺説に大きく傾いていく。東大・捜査二課・朝日新聞は「他殺説」をとり、慶大・捜査一課・毎日新聞は「自殺説」をとって、学者・警察・マスコミの意見は見事に二分された。結局この事件は確たる結論が出ないまま捜査が打ち切られ、昭和39年には時効が成立している。事件当時、国鉄では占領軍の占領政策によって大規模な労働者の解雇が予定されており、連日の労働争議でてんやわんやの大騒ぎだった。下山総裁の死が自殺にせよ他殺にせよ、この事件によって国鉄の労働争議に水を差され、大量解雇が容易に行われたのは事実。下山総裁の死を喜んだ人間は大勢いるのだ。

 映画は2時間13分の大作だが、警察の事件捜査は前半の1時間ほどで終わってしまう。だが主人公の新聞記者・矢代はこの事件にこだわり続け、たとえ記事にできないとしても事件の真相を知りたいと願う。それまでの捜査や証拠調べで、下山総裁が何者かに誘拐されて殺されたことや、自殺に見せるために総裁の替え玉が存在したこと、捜査にGHQから大きな圧力がかかっていることなどが明らかにされていた。事件の背後でうごめく黒い影の正体は何か……。映画はこのあたりにきて、どこまでが実話でどこからがフィクションなのかさっぱりわからなくなってくる。結局のところ、事件の黒幕が誰なのかわからない。将来的にGHQの関与を示す秘密文書でも出てこない限り、謎は永久に謎のままだろう。

 映画はモノクロ・スタンダード画面。戦後すぐの時代を映画の中で表現するには、どうしてもこの画面サイズでなければならない。映画の中では昭和24年から昭和39年までが描かれているが、その時代の変化を、登場人物たちの服装やセットデザインの違いで見せていく上手さ。映画の最後がオリンピック開会式の日で終わることも、映画に劇的な効果を生みだしている。

 熊井監督はこの映画を謎解きミステリーとして作ったわけではなく、戦後の日本にあった「熱い日々」が、政治的な圧力や謀略によって不当に抹殺されてしまったことを告発しているのだろう。でも昭和41年生まれの僕の感覚から言うと、国会前でジグザグデモをするのが民主主義だとはどうしても思えないんだけどね……。


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