さよならS

2000/05/25 シネカノン試写室
マルセイユで不良少年グループに加わった主人公の体験記。
『天使が見た夢』のエリック・ゾンカ監督作品。by K. Hattori


 『天使が見た夢』のエリック・ゾンカ監督が撮った1時間強の中編作品。前作は地方都市を舞台にした少女ふたりの物語だったけれど、今回は地方から都会に出てきた少年の物語。オルレアンのパン屋で見習い職人として働く18歳のエスは、仕事態度が悪くて親方と喧嘩になり店を飛び出してしまう。「こんな小さな町でくすぶっているつもりはないんだよ!」とガールフレンドに豪語したエスは、彼女の金を盗んで南仏の大都市マルセイユへ。彼はそこで地元の不良少年グループに加わり、リーダー格の男に目をかけられながら、盗みや娼婦のボディガードなどの仕事を手伝うことになる。(どうでもいいことだけど、プレスにはオルレアンが「ジャンヌ・ダルク生誕の町」と書いてある。これは当然間違いで、オルレアンはジャンヌが最初に解放した町。彼女の生誕地はロレーヌ地方のドンレミイ村です。)

 平凡な日常に飽き飽きした少年が、刺激的な暴力と犯罪の世界に身を投じて、そこにある殺伐とした空気の中で身をすり減らしていくという話です。金持ちの家に押し入って盗みをすることを正当化し、少しも罪の意識を持たない少年たちの姿は、現代日本の少年犯罪事件にも通じるものがあるように感じられますが、フランス社会のベースにあるのは少年たちを包む閉塞感。彼らは10代で自分の仕事を決め、自ら選び取った小さな社会の中で一生を送ることを強いられる。日本の場合はむしろ逆で、将来がまったく見えないというボンヤリした状況の中で犯罪が起きているような気がする。フランスの少年たちは自分たちを閉じこめる狭い規範から抜け出そうとして犯罪に走り、日本の少年たちは何の規範もない世界の中で目指す方向を見失って迷走する。でも行き着くところは同じなんだから、ちょっと奇妙な気もします。

 物語の構成そのものを見ると、この映画は無軌道な生活が誤りであることを警告するお説教映画のようにも見えます。冒険を求めて平凡な日常を飛び出した少年は、刺激的な冒険の中で人間的に成長し、再び平凡な日常の中に大人の男として戻ってくる。話の筋立てそのものを聞けば、そんな話に思えなくもない。でもこの映画の最後に登場する主人公の表情から見えるのは、平凡な日常の中で生きて行くしかないという諦めであり、そこからはずれた生き方をすることに対する恐怖です。彼は平凡な日常を憎み、実態を知らぬまま犯罪グループに加わる。彼はそこでの体験から、平凡な人生の素晴らしさを実感したのか。たぶんそうではない。平凡な生活は彼にとって耐え難い苦痛ですが、それを上回る恐怖の存在が、彼を平凡な生活に縛り付ける。彼は「俺だってやればできる」という幻想を持って日常を飛び出した。でもその幻想が打ち砕かれて日常に復帰したとき、彼はもう自分に対して幻想を持つことができない。残酷な結末です。

 主人公が追いつめられていくクライマックスの緊張感は、最近観た映画の中でもピカイチ。しかしそれ以上に、ラストシーンがずっしりと胸にこたえる映画です。

(原題:LE PETTIT VOLEUR)


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