最後通告

2000/05/01 映画美学校試写室
ある朝突然消えた12人の少年少女はどこに行ったのか?
スイスの自然が美しい神秘的なファンタジー。by K. Hattori


 ある満月の晩の翌日、小学生の男の子トニーが通学途中で突然姿を消す。通報を受けた警察は湖畔に面した少年の自宅から学校までの道をくまなく捜索するが、手がかりはまったく見つからない。やがて森の中で少年の自転車と荷物が発見されるが、そこで少年の足取りはぷっつりと途絶えてしまう。母親イレーネの知らせを受けて、別居して愛人と同棲中の父親マックスも出張先から戻ってくる。じつは同じ日、行方不明になった少女がいた。原子力施設で働くマックスは、行方不明になった少女の父親が元グリーンピースのメンバーだったと知って、これは政治的な意図を持った誘拐事件だと直感する。だが捜査を指揮するヴァッサー警部は、同じ日に行方不明になった子供たちが2人だけではないことを突き止めた。同じ日にスイス中で行方不明になったのは12人の少年少女。住まいはスイスの4言語地区に均等にちらばっている。これは単純な行方不明ではない。ヴァッサーはこれを、何らかの意図を持った集団失踪事件だと感じる。

 スイスの映画監督フレディ・M・ムーラーが、『山の焚火』以来13年ぶりに撮った新作。美しい湖畔の風景を背景に、子供を失った親たちの心情を綴っていく。前半のタッチは『エキゾチカ』や『スウィート・ヒア・アフター』のアトム・エゴイヤン作品に近いテイスト。物語の発端は子供の行方不明時間という、それこそ世界中で毎日のように起きている身近で不幸な事件がモチーフ。その謎を追ってさまざまな人間の思惑が交錯する様子を描くのは、ミステリー作品としての定石だろう。しかし映画はごく最初の段階から、これが人間の合理的な理解の範囲を超えた事件であることを匂わせる。同じ日に消えた12人の少年少女。トニーの妹の告白。盲目の老人の証言。やがて行方不明の少年から両親に手紙が届けられ、両親たちはそろって同じような夢を見る。夢の中では消えた12人の少年少女が湖の中の島にいて、そこには美しい黒人の少年がひとり混ざっている……。焚き火の幻影。突然あちこちに現れる真っさらの材木。

 昔は日本にも「神隠し」という現象があって、夕暮れ時に子供がふいに消えてしまうことがあったとう。村中が総出で子供を捜すのだが、たいていは見つからない。今ならこれを、事故や誘拐と結びつけて合理的に解釈するのだろうが、当時は天狗にさらわれたという話が多い。神隠しによって、子供が我々の知っている世界とは別の異界に連れ去られたと考えたのだ。この『最後通告』も、まるで神隠しのような話だ。消えた子供たちは、我々の知らない別の世界で生きている。そしてそこから不思議な方法で時々メッセージを送って寄こすのだ。

 消えた子供たちの12人という人数や、一緒にいる黒人の少年というモチーフは、いかにもキリスト教圏の映画だと感じさせる。別に宗教がかった映画ではないのですが、欧米人は12という数字に特別の神秘性を感じるのでしょう。ちょっと不思議な映画です。難解だと考える人もいそうだけどね。

(原題:Vollmond)


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