クール・ドライ・プレイス

2000/03/23 FOX試写室
子供を置いて家出した妻が子供と会うため舞い戻るが……。
物語の前提そのものに生活実感が皆無。by K. Hattori


 シカゴの一流弁護士事務所で働いていたラッセルのもとから、妻が出ていったまま帰らなくなって1年半。幼い息子カルヴィンを男で一人で育てるとなれば、それまでのように第一線の法廷弁護士は続けられない。シカゴの事務所を辞めた彼は、カンザスの田舎町にある小さな弁護士事務所で働くようになっていた。いつかは都会に戻って第一線に復帰したいと願う彼だが、カルヴィンはまだまだ手が掛かる年頃でそれもままならない。そうこうしているうちに新しい町での生活にも少しずつ溶け込み、ベスという親しいガールフレンドもできた矢先、ラッセルのもとに妻ケイトが戻ってくる。

 主人公ラッセルを演じているのは、ガス・ヴァン・サント版『サイコ』でノーマン・ベイツに扮したヴィンス・ボーン。監督は『デンジャラス・マインド/卒業の日まで』のジョン・N・スミス。原作小説を脚色したマシュー・マクダフィーは、これが脚本家としての初作品だという。子供を置き去りにして突然家を出た妻が、夫がようやく子供の世話に慣れた頃になって子供を取り戻しに来るという『クレイマー、クレイマー』と同趣向の物語だが、単に妻が子供を取り返そうとするのではなく、彼女自身が夫とヨリを戻したそうに見えるところがミソ。ようやく妻への思いを整理して新しい人生を歩みだそうとしていたラッセルは、目の前に現れた妻に心を動かされる。妻を演じているのは『コン・エアー』のモニカ・ポッター。新しい恋人ベスを演じるのは『チェイシング・エイミー』のジョーイ・ローレン・アダムズ。

 登場人物の中には、特別な人が誰もいない。主人公ラッセルを筆頭に、誰もがごく普通の人たちばかり。普通の人なりの弱さも持っているし、利己的でずるいところもある。こうした普通の人々に、観客がどれだけ感情移入できるかがこの映画のポイントだと思う。でも僕はこの映画に、少しも共感できるところがなかった。描写のディテールに、父子ふたり暮らしのリアリティがないような気がする。例えばラッセルは仕事に出るさいカルヴィンを近所の家に預けているのだが、他に託児所や保育園のような設備はないのだろうか。子育てと仕事を両立させようと思えば、まずは「仕事中に子供をどうするか」を考えると思う。シカゴではそれで苦労して事務所を首になってしまったのだから、新しい仕事先を探すときもまずそれを念頭に置いたはずだ。なぜ託児所も保育園もないような田舎町で暮らしているんだろうか。

 子供を預けようと思った朝に突然断られてしまうのも奇妙だし、夜中にベビーシッターが見つからないというのも変な話だと思う。こうした話は、主人公と子供をいつも一緒にさせておくための、見え透いた嘘だと思うのだ。どうせ嘘を付くなら、もっと上手に嘘を付いてほしい。同じように父親が子育てで苦労する話でも、『素晴らしき日』はもっと嘘が上手だったよ。それともアメリカの田舎町というのは、こういうのが普通なんだろうか? だったら余計に、主人公の田舎暮らしは変だよ。

(原題:A COOL, DRY PLACE)


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