セイヴィア

2000/02/29 シネカノン試写室
イスラム原理主義者のテロで妻子を殺された男の復讐。
これって単なる宗教差別じゃないの? by K. Hattori


 オリバー・ストーンが製作したボスニア紛争映画。監督はユーゴ出身のピーター・アントニエビッチ。主演はデニス・クエイド。チラシや試写状にはナスターシャ・キンスキーの名前も大きく印刷されていたが、彼女は最初の方に少し登場してすぐ消えてしまう。他には『奇跡の海』『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』のステラン・スカルスゲールドが主人公の親友役で出演しているが、彼もやはりすぐに消えてしまう。映画の後半は、クエイドが演じる男とセルビア人女性が共に旅をするロード・ムービーのような形になります。人間の命が虫けらのように軽視される戦争の中で、主人公が人間の命の意味を再発見するという映画のテーマはわかりやすいのですが、この設定には相当の無理がある。

 この映画の主人公ジョシュアは、もともとフランスに駐留していたアメリカ軍の将校だった。当時はイスラム原理主義者によるテロが頻発しており、その情報収集や対応に追われて、彼は家族と過ごす時間もない。その日も家族と待ち合わせたカフェに呼び出しがかかり、妻と息子に詫びながら彼はカフェを出ていく。その直後、カフェは木っ端微塵に吹き飛んだ。この爆弾テロで妻子は即死。激高したした彼は拳銃を手に近くのイスラム寺院に飛び込み、礼拝中のアラブ人を手当たり次第に撃ちまくる。事態を察知した親友のピーターもこの事件に巻き込まれ、ふたりは有名なフランス外人部隊に入隊。やがて傭兵としてボスニアに渡り、イスラム勢力と敵対するセルビア人側に加担することになる。

 この映画でそもそも無茶苦茶なのは、目の前で妻子を殺された主人公がイスラム寺院に乗り込み、無関係のアラブ人を問答無用で殺してしまうという部分にある。しかも礼拝中の信者を背中から撃つのだからひどい。イスラムは基本的に平和主義だし、暴力によって預言者時代の再現を目指す原理主義は現代の異端です。爆弾テロを起こす原理主義者は、街中のモスクになど逃げ込まないと思うぞ。アッラーへの礼拝はどこで行ってもいいのだから、犯人たちは自分たちの組織が用意したアジトに逃げ込んでいるのではないだろうか。それなのにイスラム原理主義者と一般的なイスラム教徒の区別も付けず、相手が「イスラムだ」という理由だけで銃を乱射する主人公は、単なる宗教差別者なのです。

 主人公は「イスラム教徒など皆殺しだ!」という宗教差別の考えに取り憑かれているので、紛争中のボスニアにあえて飛び込み、そこでキリスト教徒側に味方する。主人公の胸に金の十字架が光っている。これは彼にとって復讐であると同時に聖戦です。(ちなみに「助ける者」という意味の原題“SAVIOR”が“THE SAVIOR”になると、救世主=キリストという意味になる。)でもボスニアのイスラム教とは、アラブの原理主義とはまったく無関係だと思うぞ。それを混同しているのだから、主人公の行動原理は粗雑もいいところです。この映画が腹立たしいのは、主人公のイスラムに対する無知や偏見が、最後までまったく是正されないことです。

(原題:SAVIOR)


ホームページ
ホームページへ