ラビナス

2000/01/27 FOX試写室
19世紀中頃のアメリカで起きた実在の人肉食事件を脚色。
禁断の味に取り憑かれた男たちの物語。by K. Hattori


 飢餓による人肉食事件として、必ず例に出される何件かの事件がある。そのひとつは映画『生きてこそ』のモデルとなった、アンデス山中での飛行機遭難事件。日本では映画『ひかりごけ』のモデルとなった漁船遭難事件も有名だ。アメリカでは、19世紀中頃カリフォルニアに向かう移民グループが雪のシェラネバダ山脈越えに失敗して遭難したドナー・パス事件が有名。これは確か、映画『シャイニング』の中でも、エピソードとして引用されていたと思う。西部開拓時代の裏面史として、アメリカの神話の一部となっている事件だ。この映画はその忌まわしい人肉食事件を描いたドラマ。監督は『司祭』『フェイス』の女性監督アントニア・バード。シェラネバダの小さな砦に赴任した陸軍士官が、閉ざされた山中で凄惨な地獄絵図を目撃するという物語だ。主演は『L.A.コンフィデンシャル』のガイ・ピアーズ。山中で遭難し、たったひとり生き延びた男コルホーンを、『フェイス』にも主演したロバート・カーライルが演じている。

 映画は砦の兵士たちが遭難救助に向かって行方不明になる前半と、砦に新しい隊長がやってきてからの後半に分けることができる。映画としては前半の方が圧倒的に面白いし恐い。冬山からたったひとりで砦にたどり着いたコルホーンの語る、忌まわしい事件。雪に閉ざされ洞窟に逃げ込んだ6人の開拓団は、携帯していた食料を食い尽くし、運搬用の牛馬を食い尽くし、深刻な飢餓に襲われる。ベルトや靴をかじり、草の葉や木の根をしゃぶっても、飢餓を癒すことはできない。やがて仲間のひとりが餓死すると、残った人間たちはその肉を食った。だが一度タブーを犯した人間たちは歯止めを失い、まだ生きている仲間たちを“食料”と見なすようになる。次々と殺され鍋に投げ込まれる人間たち。自分が鍋の具になるまであと数日だと直感したコルホーンは、洞窟にまだ生きている仲間を残したまま逃げ出したのだという。この話を聞いた兵士たちは、雪山に救助隊を出すことを決意。コルホーンを案内人にして、一路洞窟を目指す。だが彼らがそこで観たものは……。

 前半のオチは途中で最初から読めているのだが、それでも真相が明らかになったときの衝撃はかなりのもの。そこから凄惨なアクションシーンになるが、ここではフィドルを使った明るい音楽がBGMになって、血みどろの人殺しがスラップスティック・コメディさながらに描かれる。かなり残酷な場面が続くが、そのベースにあるのは滑稽さだ。このあたりまでは、傑作の気配があった。

 ところが映画は後半になって、途端につまらなくなる。テーマが「人肉を食べると精が付く」という呪術めいたものに変わってしまい、飢餓をどのように生き延びるかというテーマから離れてしまうのだ。この映画のテーマは飢餓感(必ずしも空腹の意味とは限らないが)なのに、映画の前半に漂っていた圧倒的な飢えと乾きの描写が希薄になってしまう。ロバート・カーライルが007の悪役以上に恐い映画なのに、これは少し残念です。

(原題:RAVENOUS)


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