ISOLA
多重人格少女

2000/01/13 東宝第1試写室
多重人格の少女周囲で起きる連続怪死事件の真相とは……。
阪神・淡路大震災直後の神戸を舞台にしたホラー映画。by K. Hattori


 今からちょうど5年前の平成7年1月17日午前5時46分。淡路島北東部を震源とするマグニチュード7.2の巨大地震が起こり、阪神地方は大きな被害を受けた。死者6千人以上、負傷者4万人以上、破損家屋20万棟以上。避難した被災者は30万人を越えた。横倒しになった高速道路や、燃え続ける街の映像がまだ生々しく記憶に残る“阪神・淡路大震災”の発生だ。映画『ISOLA/多重人格少女』は多重人格という最近流行のサイコスリラー要素と、他人の考えや過去の経験を読みとる“エンパス”という超心理学的なモチーフ、臨死体験や幽体離脱といった最新の脳医学を組み合わせたホラー映画だが、物語の背景に阪神大震災を持ち込んでいる点がユニーク。この映画の中ではそれが単なる物語の背景ではなく、主人公たちが負っている心の傷の象徴として用いられている。瓦礫の山からなるカオスはやがて整理統合され、復興と平和に向けて一歩を踏み出すのだ。

 映画の冒頭には、阪神・淡路大震災で亡くなった人々への追悼の言葉がタイトルとして挿入されている。やがて美しい神戸の夜景が画面一杯に写しだされ、地響きと共にそれは激しく震え出し、その直後に夜景のライトが一気に消える。阪神・淡路大震災が起きた瞬間だ。映画はこうして震災とともに幕を開く。地震の起きたのが未明ということもあり、家屋の下敷きになって死んだ人の多くは、眠ったまま目覚めることなく圧死してしまったものと思われる。彼らには、自分たちが死んでしまったという自覚すらなかったかもしれない。激しい揺れで目を覚ましたとしても、それが何なのか理解する間もなく死んでしまった人たち。その数が6千人……。

 この映画に登場する怨霊は、地震で死んだ名もなき犠牲者のひとりだ。生前の彼女は誰に慕われるでもなく、愛されるでもなく、大学の研究室で地味な研究にいそしんでいた。死んだあとも、彼女の死を悲しみ悔やむ人はほとんどいない。彼女に個人としての名はあるが、その名が省みられることはない。「惜しい人を亡くした」とも「とても残念だ」とも言われない。生きていても死んでしまっても周囲にとってまったく影響のない無名の人物。それがこの映画の中心になる怨霊の正体なのだ。

 地震で身近な人を亡くした人以外で、阪神大震災でどこの誰が死んだのか、具体的に名前を挙げられる人がいるだろうか? そんな人はおそらく誰もいない。死んだ人のほとんどは、この映画の中で犠牲者になった女性と同じ、まったく無名の目立たない人たちだった。この怨霊はそんな無名の人たちに成り代わって、「私たちを忘れないでほしい!」と観客に訴えるのだ。この映画はホラー映画としてはあまり恐くない。恐い映画を期待する観客には、ちょっと物足りないかもしれない。でも僕はこの映画に好感を持つ。それは、震災で亡くなった人たちへの思いが、この映画から感じ取れるからだ。

 夜景の消滅で始まった映画は、画面一杯のイルミネーションで終わる。それは復興した神戸の象徴であり、死者にたむける花束なのだ。


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