いちげんさん
ICHIGENSAN

1999/11/18 メディアボックス試写室
京都を舞台にした外国人留学生と盲目女性のラブ・ストーリー。
鈴木保奈美は本作で引退。もったいない。by K. Hattori


 第20回すばる文学賞を受賞し、芥川賞候補にもなったデビット・ゾペティの小説「いちげんさん」を、エドワード・アタートンと鈴木保奈美主演で映画化したラブ・ストーリー。京都の大学で日本文学を学んでいる日本語ペラペラのスイス人留学生“僕”が、盲目の若い日本女性・京子のために、対面朗読のボランティアをすることになる。古いしきたりや人間関係が残る京都の町は、部外者である“僕”を優しく迎え入れながら、その懐深くまでは決して進入を許さない頑なさを持っている。それは「いちげんさん」を断る老舗の姿勢と同じであり、表紙や扉までは見せても中身は決して見せない古本みたいなものだと主人公の“僕”は考える。外国人である主人公と盲目の京子は、共にアウトサイダーであるがゆえに惹かれ合い、愛し合うようになるのかもしれない。

 この映画に描かれている“京都”は、日本的の原風景や原型として登場する象徴的な場所なのだと思う。主人公が京都に感じている古くささ、窮屈さ、うっとうしさ、わずらわしさは、そのまま日本全体にも当てはまるものだろう。この映画は京都という小さな場所を通して、日本全体を描いた「日本人論」になっている。日本で暮らしている外国人は多いのに、彼らを主人公にした映画はあまり多くない。僕は『リーガル・エイリアン』ぐらいしか思い浮かべることができない。(崔洋一の在日コリアものは除外する。)外国人の男性と日本人の女性の恋愛を通して、日本社会に深く切り込んで行くのは面白いアプローチの方法だと思う。

 “僕”を演じたエドワード・アタートンは『仮面の男』にも出演している俳優だというが、本当に流暢な日本語をしゃべるのに驚いてしまう。10年ほど前に2年ほど日本に滞在していたことがあるといい、撮影現場では打ち合わせなどもすべて日本語でこなしていたという。まさに主人公の“僕”そのものだ。ヒロインの鈴木保奈美も好演。きわどいラブシーンが話題になっていましたが、それ以上に演技力の確かさを改めて感じさせられました。彼女は結婚と出産を機に芸能界を引退してしまったので、スクリーンでは今回が見納め。僕は彼女のテレビでの仕事ぶりはまったく知りませんが、映画は『ファンシィダンス』『ヒーローインタビュー』『Lie lie Lie』などを観ている。上手くはないが存在感のある女優で、勝ち気で男勝りな役を演じさせるとピタリとはまる逸材でした。結婚や引退については芸能マスコミにいろいろとぶっ叩かれてましたが、今回の映画を観ると「引退はもったいないなぁ」と思ってしまう。映画はテレビほど長期に拘束されないでしょうから、またスクリーンに戻ってきてほしいけど……。

 外国人や盲目という理由で共に社会のアウトサイダーだった主人公たちが、結局は外国人や盲目という理由で別れてしまう結末が切ない。ふたりは京都という井戸の底から出て、それぞれの道を歩み始める。観終わって余韻の残るいい映画でした。


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