西班牙狂想曲

1999/11/09 映画美学校試写室
『嘆きの天使』のディートリッヒ&スタンバーグのコンビ7作目。
これがふたりで組んだ最後の作品になった。by K. Hattori


 タイトルは「すぺいんきょうそうきょく」と読む。『西班牙』は「スペイン」のこと。そう言えば、スペイン語の辞書を「西日辞典」などと言いますね……。外国の地名を、昔はみんな漢字で書き表していた。アメリカは亜米利加で、ロシアは露西亜、フランスは仏蘭西、イギリスは英吉利だった。都市名も漢字表記。ロンドンは倫敦。ワシントンは華盛頓。こうした表記は今ではすっかり姿を消しましたが、昔の映画のタイトルは変えるわけに行かないのでそのまま残っている。『巴里のアメリカ人』『踊る大紐育』などはMGMの名作ミュージカルだけど、巴里はパリ、紐育はニューヨークだ。『西班牙狂想曲』もやはり昔の映画。主演はマレーネ・ディートリッヒ。監督はジョセフ・フォン・スタンバーグ。1935年製作と言うから、昭和10年の映画です。日本でも同じ年に封切られている。タイトルに『西班牙』などという難しい字が使われているのはそのためです。

 ディートリッヒはスタンバーグ監督の『嘆きの天使』で主役に抜擢され、コンビ2作目『モロッコ』以降はハリウッドで活躍しています。美しさで男を虜にして破滅させるファム・ファタル(運命の女)を演じることが多いのですが、それはスタンバーグ監督本人のディートリッヒに対する思いが、映画の中で結晶化したものだったのでしょう。女優が役の上で演じるものと、私生活とは異なります。ディートリッヒは私生活で良き夫と子供に恵まれ、決して悪女などではなかった。でもスタンバーグにとって、ディートリッヒは紛れもなくファム・ファタルでした。彼はディートリッヒに入れあげすぎて、妻と離婚しています。スタンバーグの黄金期はディートリッヒと組んだ7本の映画で終わり、ハリウッドで監督業は続けていたものの、その後は映画史から姿を消してしまう。『西班牙狂想曲』は、そのスタンバーグにとってディートリッヒとコンビを組んだ最後の作品です。

 物語の舞台は前世紀末のスペイン。タバコ工場に勤める貧しい女コンチャが、持ち前の美貌と野心を武器に男たちを手玉に取りながら、スペインを代表する歌手にまで上り詰める物語です。退役軍人が旧知の政治犯に自分の体験談を語るという回想形式のドラマが中盤まで続き、終盤は軍人と政治犯の決闘、そしてコンチャと政治犯の亡命へと物語が続いて行く。ディートリッヒは色仕掛けで男から金を搾り取り破滅させるコンチャを演じていますが、その悪女ぶりがやけにリアルです。男なら誰だって、女性の気のありそうな素振りに翻弄された経験が、1度や2度はあるでしょう。「いかんいかん。惑わされてはいけないぞ!」と思っても、少しずつ女にのめり込んでいってしまう男たちの姿には共感し、同情してしまいます。ただ、男たちがあまりにも気の毒すぎて、その分だけヒロインのコンチャが憎たらしく見えてしまうのは困りもの。観ていて不愉快になってくるのです。この映画が興行的に失敗したのは、たぶんそんなところに原因があるのかもしれません。

(原題:The Devil is a Woman)


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