ママ

1999/11/01 ル・シネマ2
(第12回東京国際映画祭)
家族バンドが起こした亡命目的のハイジャック事件と15年後の結末。
実在の事件をもとにしたエンターテインメントです。by K. Hattori


 兄弟で息のあった演奏を見せるソ連の人気バンドが、演奏旅行の最中にアメリカ亡命を求めて飛行機をハイジャックした。補給名目で緊急着陸した飛行場で兵士たちが機内に突入し、事件はあっという間に鎮圧されるのだが……。実在に起きた事件をモデルにした家族の葛藤と絆の物語。事件を起こした母親と6人の息子たちのうち、母親と4人の息子は逮捕されて服役、ひとりは精神病院に収容、そしてひとりは射殺された。それから15年。刑務所を出た母親や兄弟たちは、それぞれが離れて生活している。年老いた母親の願いは、精神病院の中にひとりだけ残っている息子が家族のもとに戻ってくること。だが病院はそれを許可しようとしない。母親は息子たちに連絡して、兄弟は15年ぶりにモスクワに集合する。

 今年の東京国際映画祭ではコンペ作品を中心に観ているのだが、これが現時点で一番面白かった。増感処理したようなキメの粗い映像で兄弟たちの両親が最初に出会う場面を描くオープニングは、台詞がまったくないにも関わらずじつに雄弁。その後、兄弟たちに集合がかかると、広いロシア中に散らばっている男たちが次々にモスクワに馳せ参じる。兄弟たちが現在どんな暮らしをしているのかを、テンポよく見せていく呼吸は抜群。ここでわかるのは、この映画がアメリカの娯楽映画に強い影響を受けていることです。各地に散らばっている個性豊かな仲間を集めてチームを作る場面は、『アルマゲドン』にも出てきました。これは傭兵映画のひとつのパターンです。(オリジナルは『七人の侍』かもしれないけどね。)『ママ』はそれと同じことを、母親が息子たちを集める場面で見せている。こが楽しいのです。

 この映画はソ連がロシアへと変わる激動の時代を背景に、家族揃って幸せをつかむため奮闘する一家の物語。ベースにあるのは家族愛。母と子の絆。兄弟の絆。死んでしまった家族に対する思いなどです。この映画はそうした普遍的なテーマの上に、貧しい一家が音楽家として成功するサクセスストーリー、一家でハイジャック事件を起こす犯罪映画、家族の秘められた過去を紐解くミステリー、さらに残るひとりの兄弟を精神病院から脱出させようとする脱獄映画の要素までが、ギッシリと詰まっている。母親をはじめ家族7人のキャラクターも明快で、しかも全員が好ましい印象を残す。描かれている「家族の絆」というテーマは古いものですが、それを描くスタイルが犯罪映画というのはユニークですし、犯罪映画としてもタランティーノ以降の最新トレンドをたっぷり吸収しています。アメリカ映画ばかり観ている人がこの映画を観ても、たぶんあまり違和感を感じないと思う。

 監督のデニス・イェフスティグニェフはこれが監督第2作目。今日(11月1日)時点でコンペ作品を全部観たわけではありませんが、これは何らかの賞にからんでくる有力候補でしょう。母親と兄弟が駅に降り立ち、無邪気に笑い転げるラストシーンには、思わず涙がこぼれそうになりました。ハッピーエンドなのがよかった。

(原題:Mama)


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