狂熱の孤独

1999/09/29 東宝東和一番町試写室
ジェラール・フィリップが主演したフランス・メキシコ合作映画。
夫を亡くした女がアル中の元医師に出会う。by K. Hattori


 夫婦旅行でメキシコの小さな村を訪れたネリーは、伝染病で夫を失い途方に暮れる。フランス人の彼女は現地の言葉もわからず、いつの間にか財布も盗まれてしまう。ネリーは夫を村の墓地に埋葬するが、一文無しでは村から出ることすらできない。そんな彼女の前に現れたのは、浮浪者同然の身なりをしたジョルジュというフランス人の男。元は医者だったという彼は妻を失ってから酒浸りの生活になり、今では村人たちの嘲笑の的になっている。伝染病は少しずつ確実に村の中に広がりはじめ、やがて爆発的に感染者が増え始める。村が封鎖されるのも時間の問題だ。ネリーはジョルジュからも村を出るように促されるが、彼女は少しずつ彼に心を惹かれ始めていた。

 飲んだくれのジョルジュを演じているのはジェラール・フィリップ。ネリーを演じているのはミシェル・モルガン。原作はジャン=ポール・サルトルが映画のために書き下ろした「チフス」という小説だが、映画化に際して設定を大幅に変更してしまったため、サルトルは自分の名前がクレジットされるのを拒んだという。原作では舞台が仏領インドシナだったとか。しかしこの映画ではメキシコの風景や風習がじつに巧みに描かれていて、作品の大きな魅力になっている。ロケとセットがうまく使い分けられていて、メキシコのうだるような暑さがうまく画面で表現されているように思う。この「暑さ」が画面から感じられないと、目に見えない伝染病が蔓延していく様子に迫力が出ないと思う。

 言葉も通じない異境の地に、女ひとりが無一文で投げ出されてしまう不安や恐怖。突然死んでしまった夫を見て呆然とするだけだったネリーが、財布を無くしたことに気づいて泣き出してしまう場面がよい。彼女は夫を失った悲しみに涙するより、まずは自分の身に降りかかった現実的な危機にパニックを起こすのです。この後、郵便局で本国に電報を打つ場面も面白かった。彼女からは周囲の人たちが、全員ひどく意地悪に見えてしまうのです。自己防衛本能が働いて、周囲にもとげとげしい反応をしてしまう。彼女は最後まで、夫を失ったことで涙を流しません。これを見て「なんと薄情な女だろう」と思う人もいるかもしれない。でも僕は、こんな状態の中でさめざめと泣いている女よりは、タフに自分の生きる道を探ろうとするこの映画のヒロインに好感を持ちます。

 主演がジェラール・フィリップですから、最後にネリーとジョルジュが結ばれるのは最初から予想できる。でも、なぜ彼女は彼に惹かれたんだろうか……。観客の多くは「汚い身なりでも中身はジェラール・フィリップだから」というだけで納得させられているような気がする。でもそれだけでは、ドラマに説得力がない。もう少しエピソードを上積みするか、ポイントになるエピソードを強調するかしてほしかった。僕はこの映画のラストシーンを見て、あまりにも急激な展開に付いて行けなくなってしまいました。もちろん、こうした場面がないと観客は納得しないんでしょうけど……。

(原題:Les Orgueilleux)


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