ロルカ、暗殺の丘

1999/09/21 GAGA試写室
20世紀スペインの詩人ガルシア・ロルカ殺害の真相とは?
歴史に取材した骨太の政治ミステリー映画。by K. Hattori


 1936年のスペイン内乱勃発直後に射殺された、詩人であり劇作家でもあるフェデリコ・ガルシア・ロルカ。彼は画家のミロやダリ、映画監督のブニュエルなどと共に、スペインの〈1927年世代〉を代表する文化人であり、彼の戯曲「血の婚礼」はアントニ・ガデス舞踏団の演目として日本でも繰り返し上演されている。そのロルカが、なぜ内乱の中で殺されなければならなかったのか。ロルカの死を誰が望み、誰がロルカに向けて拳銃の引き金を引いたのか。その真相は未だに明らかにされていないが、この映画はこの謎を通して、スペイン内乱という歴史の悲劇にアプローチしようとしている。

 主人公リカルドは、内乱を逃れてプエルトリコに亡命したスペイン人。1936年の内乱勃発直後、家族と共に国を脱出したリカルドは、生前のロルカに会ったことがある。少年時代のリカルドにとって、ロルカはアイドルだった。舞台「イェルマ」の楽屋を訪れたリカルドは、そこでロルカ本人と1度だけ直接言葉を交わしたのだ。リカルドが家族と共に国を脱出した夜、混乱の中でロルカは謎の死を遂げた。1954年、31歳になったリカルドは、ロルカの死の真相を探るためにスペインに戻る。内乱は終わり、スペイン国内には平和が戻ってきていた。だがロルカ殺害の真相を探ろうとするリカルドの行動は、周囲に不穏な波紋を広げて行く。リカルドの調査は露骨な妨害を受け、証言者は次々に姿を消していく……。

 映画の中でガルシア・ロルカを演じているのは、この映画の中で唯一のスター俳優であるアンディ・ガルシア。邦題が『ロルカ、暗殺の丘』であることから、この映画がロルカの伝記映画であるかのように誤解されるかもしれないが、それは少し違う。この映画ではガルシア・ロルカというひとりの詩人を、内乱勃発前の平和で自由なスペインの象徴にしているのだ。内乱が終わって表面的には平穏な日常が戻っても、内乱前に存在した自由は戻ってこない。陽気で楽天的なスペイン人の気質は失われ、世界に誇る輝かしい文化は消滅してしまった。そうした内乱前のスペイン文化を象徴するのに、内乱勃発と同時に殺されたロルカは打ってつけなのだ。この映画の原題は『DEATH IN GRANADA』だが、1936年夏にグラナダで死んだのは、ガルシア・ロルカというひとりの男だけではない。そこで死んだのは、スペインそのものなのだ。

 物語の中心は「誰がロルカを殺したか?」というミステリーだが、その結末はあまりにも苦い。主人公が調査を始める1954年は、内乱終結から15年が経っている勘定だ。だがそこでは、内乱の話題がまだタブー視されている。主人公が調査を進めるうちに、すべての人が自らの手を血に染めた内乱の真実が見えてくる。その中では、当時少年だった主人公ですら免責はされない。彼らは内乱で受けた心の傷を、一生背負って生きて行くしかないのだ。この映画は政治ミステリーとして始まり、人間ドラマとして終わる。スペインを舞台にした英語の映画だが、それは途中から気にならなくなりました。

(原題:DEATH IN GRANADA)


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