ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ

1999/08/23 日本ヘラルド映画試写室
天才チェロ奏者ジャクリーヌ・デュ・プレの伝記映画。
観ている内に何度か涙が出た。by K. Hattori


 1960年代にデビューして以来、イギリス音楽史上最高のチェリストと賞賛されたジャクリーヌ・デュ・プレの伝記映画。彼女はピアニストで指揮者でもあるダニエル・バレンボイムと結婚したものの、多発性硬化症という難病のため1970年代には演奏活動を中止。長い闘病生活の後、1987年にロンドンで亡くなっている。この映画の原作は、彼女の姉ヒラリーと弟ピエールが書いたジャッキーの伝記。映画の中では『奇跡の海』のエミリー・ワトソンがジャッキーを演じ、『マイ・スウィート・シェフィールド』『エイミー』のレイチェル・グリフィスが姉ヒラリーを演じている。映画の原題からもわかるとおり、これは天才チェロ奏者ジャッキーの人生を、姉と妹の絆や葛藤を軸に描いたものだ。ちなみに原作となった伝記のタイトルは「A GENIUS IN THE FAMILY(家族の中の天才)」(邦訳は「風のジャクリーヌ」)という三人称だが、それが映画化されると『ヒラリーとジャッキー』(原題)という二人称になり、さらに日本語になると『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』という一人称になってしまうのは面白い。

 実在のクラシックの音楽家を主人公にした映画というと、2年前にはデビッド・ヘルフゴットの波乱に満ちた生涯を描いた『シャイン』というヒット作があった。今回の映画は、それに負けず劣らず面白い。描かれていテーマを一言で要約すれば、「天才の苦悩」ということになるのかもしれないが、その苦悩は「才能が周囲に理解されない」という高みからの苦しみではない。この映画で描かれているジャクリーヌは、自分の好むと好まぬとに関わらず、天賦の才能を与えられてしまった人間です。彼女は自分の才能を天からの授かりものだと感謝するどころか、それを重荷のように感じて憎みさえする。音楽は彼女を捕らえて離さない牢獄であり、演奏は苦渋に満ちた拷問のようなもの。でも一度演奏が始まってしまうと、彼女の身体は彼女の意志とは裏腹に最高の演奏をしてしまうのです。彼女は自分の才能を憎む。でもチェロを捨ててしまった後、自分を愛してくれる人はいるのだろうかと悩む。これが、映画に描かれた苦悩です。

 凡人が天才に嫉妬する話は『アマデウス』などでも描かれていたし、天才の持つある種の傲慢さは古く『アメリカ交響楽』などでも描かれていて、さして珍しいものではない。この映画のユニークさは、天才が自らの才能を憎み疎ましく感じるという部分にある。ジャクリーヌは自らの才能ゆえに、愛する家族から引き離され、遠い外国に演奏旅行に出かけます。それは彼女にとって、流刑にあったようなものなのです。故郷から送られてきた洗濯物を手にして「我が家のにおいがする」と狂喜するジャクリーヌ。これほど切実なホームシックの場面を、僕は映画の中で見たことがありません。これはジャン・ギャバン主演作『望郷』のラストシーンに匹敵します。クラシックファンだけでなく、ひとつの家族の物語として、誰にでも共感できる映画になっていると思います。

(原題:HILARY and JACKIE)


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