発熱天使

1999/08/03 シネカノン試写室
椎名桔平演ずる日本人の男が北京の人々と交流する物語。
北京の風景には不思議な懐かしさがある。by K. Hattori


 椎名桔平演ずる日本人の男が、北京でさまざまな中国人に出会って話をする、セミドキュメンタリー・タッチのドラマ。行方不明の友人を捜しているという日本人の男は、友人から預かったという1枚の写真を持っている。20年前に撮られた国民服姿の少年の顔写真。この少年は一体何者なのか。写真を撮った友人とこの少年の関係はどんなものだったのか……。物語を先に進めていくのは、写真をめぐるミステリーだ。しかしこの映画は、そのプロットから思い浮かべそうな、ハードボイルド調のミステリーではない。日本人の男にとって、写真は単なる手がかりのひとつ、友人捜しも北京に腰を据えるための言い訳に過ぎないように見える。

 男は中国語が喋れないにも関わらず、大胆にも北京市内の安ホテルに泊まり、現地の人たちがたむろする市場や酒場に出かけてていく。「僕って意味の通じない会話をするのが趣味なんだ」と言う男は、日本語と中国語でかみ合わない会話をしていても、一向に気にとめようとはしない。この男が自転車に乗って路地を失踪し、市場で買ってきた食料品を口にかき込む姿を見ているだけで、僕はこの主人公が好きになってしまった。この映画には、食事のシーンがものすごく多い。そして主演の椎名桔平が、どれもじつに美味そうに食べるのだ。(例外はサソリの唐揚げ。)八百屋で買ってきた大振りの桃を、口の回りや手をベタベタにして食べる場面、唐辛子と山椒で埋めつくされた鍋を、フーフー言いながら猛スピードで食べ進む場面などが、特に強い印象を残す。

 この映画には、北京に暮らす中国人のアーティストや実業家たちが実名で登場し、カメラに向かって(主人公に向かって)自分自身の人生や哲学を語っている。出演しているのは、画家のリウ・ウェイとニェ・ム、ロック・ミュージシャンのツン・チュン、CMプロデューサーのツン・ハオ、モダンダンサーのジン・シンなどだ。彼らの言葉は主人公である椎名桔平との会話の中で出てくるが、何しろ主人公は中国語が全然ダメなので、そこで出てくる台詞はインタビューなどとはまったく別のもの。第一線で働く彼らが公式な場で見せる強気の発言はなりを潜め、弱気な個人のつぶやきのようなものが表に出てくる。そこで語られているのは、自分自身の孤独であり、国家と個人の関わりであり、10年前の天安門事件に対する想いだったりするのです。製作者側の意図もあるのでしょうが、この映画では天安門事件に対する発言が多く、この事件が中国の若い世代にどれほど強烈なトラウマとなっているかがよくわかります。

 しかし何よりもこの映画を魅力的にしているのは、登場する北京裏通りの風景でしょう。エネルギッシュで猥雑なその風景は、昭和30年代の映画に出てくる日本の下町風景みたいに元気いっぱい。そこに椎名桔平が立つと、そこは外国の風景と言うより、なんだか過去にタイムスリップしたような奇妙な懐かしさがあります。この映画を観ると、中国に旅行したくなっちゃいます。


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