アイズ・ワイド・シャット

1999/07/15 東京国際フォーラム(ホールA)
20世紀最後の巨匠スタンリー・キューブリック監督の遺作。
主演はトム・クルーズとニコール・キッドマン。by K. Hattori


 『フルメタル・ジャケット』以来12年ぶりに発表された、スタンリー・キューブリック監督の最新作。撮影に3年、編集に1年をかけたこの作品が、キューブリックの遺作となった。主演はトム・クルーズとニコール・キッドマン。完成まで神秘のベールに包まれていた作品で、挑発的な予告編や、全国公開のメジャーな洋画作品で始めて成人指定(R-18)に指定されたことなどが話題になっていたのだが、作品の内容が前評判と同じぐらい衝撃的かというと、それは疑問だ。

 もちろんどんな映画監督でも、死ぬまで傑作を作り続けることなどできないし、全盛期の仕事を継続し続けることは不可能だろう。しかし『博士の異常な愛情』『2001年宇宙の旅』『時計仕掛けのオレンジ』など、映画史に残る作品を立て続けに撮っていた巨匠監督の最後の作品にしては、やけに凡庸な仕上がりだと思うのだ。この映画は、キューブリック監督が30年ほど前から暖めていた企画だという。「構想○○年」の数字が大きくなればなるほど、映画がつまらなくなるという法則は、ここでも実証されたのか。あるいは、前作から12年という、かつて例を見ないほどの空白期間が、映画監督としての腕を鈍らせたのだろうか。

 ある夫婦の性的ファンタジーと冒険を描いた物語だが、過激な性描写はないし、モラルに反した逸脱行為も皆無。主人公夫婦はいたって品行方正であり、浮気や不倫は想像と夢の中だけの出来事だ。夫の女遊びは入口に立って中をのぞき込んだレベルで終わり、中に足を踏み入れることはない。プレスに印刷してあるコピー曰く「禁断の扉は、開けるためにある」。なるほど、この映画の主人公は禁断の扉を開けた。しかし、彼はその中に入っては行かなかった。彼の浮気心は物見遊山でブリュッセルの飾り窓地帯を歩く観光客のそれであり、性的な衝動というより好奇心の方が大きいようにも思える。

 主人公の冒険心をかき立てるのは、妻が語った性的妄想に対する嫉妬心。旅行先で一瞬だけ視線を交わした海軍士官に心を惹かれたという妻の言葉に、主人公は息を呑み、言葉を失ってしまう。彼は事実としては存在しない、妻と海軍士官の情事を想像しては、嫉妬に悶え苦しむ。この映画でもっとも過激なセックス描写は、モノクロで描かれるこの妄想シーンだけだ。

 登場する風俗描写はゴージャスだが、類型的すぎて笑ってしまいそうになる面もある。豪華なパーティーは絵に描いたように豪華。豪華なパーティーにはトイレでのセックスと麻薬がつきもの。街で出会った娼婦のファッションは'70年代風。そして一番奇妙なのは、主人公が紛れ込む秘密の乱交パーティー。まるでレアージュの「O嬢の物語」さながらの饗宴。センス古すぎ。もっとも参加者の大半は老人だろうから、古くてもいいのか?

 上映前に行われたトム・クルーズとニコール・キッドマンの舞台挨拶で、ふたりを押しのけてマイクの正面に立とうとする戸田奈津子さんにビックリ!

(原題:EYES WIDE SHUT)


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