フランダースの犬

1999/06/24 GAGA試写室
原作と異なり主人公を殺さない実写版は、改善か改悪か?
面白いからぜひ劇場で上映してほしい。by K. Hattori


 テレビアニメやその映画化でお馴染みの『フランダースの犬』が、ハリウッドで実写映画化された。じつはハリウッドでこの原作を映画化したことは過去にも数回あり、これはその最新版リメイクということになる。僕は2年前に公開された松竹のアニメ映画が不満だったので、今回の実写版には多少の期待を持っていた。松竹版は主人公の不幸と死を、ただ単純に「かわいそう」で「哀れ」なものとして描いた安っぽいメロドラマで、観ていて白けてしまったのだ。実写版がこうした点をどうクリアしているかには大いに興味があったのだが、残念ながら今回はそれを確認できなかった。なぜなら、この実写版では主人公ネロが死なないからです。

 この映画には2種類のエンディングが存在し、アメリカでは主人公ネロが息を吹き返すハッピーエンド、日本では原作通りネロが死んでしまう話になるという。ところが今回試写で上映されたのは、原作通りの日本公開版ではなく、アメリカ公開のハッピーエンド版だったのです。実際に公開されるものと試写で上映されるものがこうも異なっていたのでは、マスコミ試写の意味がないようにも思うんだけど……。(こうした違いは時々あって、『ファングルフ/月と心臓』『始皇帝暗殺』は僕が試写で観たバージョンと異なるものが劇場公開されている。)もっとタチが悪いのは、このハッピーエンド版がそれなりによくできていて、原作とは違う感動がきちんと味わえることなのです。映画は8月から公開されますが、せっかく英語版にも字幕を付けて試写をしているのだから、このフィルムも劇場にかけてほしいぞ。

 松竹版の嫌なところは、主人公ネロが死に向かって追いやられて行くくだりに、「主人公が死にさえすれば観客は感動するだろう」という作り手の魂胆が見えてしまうこと。主人公がなぜ死ななければならないのか、その理由があまりにも不明確なのです。今回の実写版では、そうした点にひとつの解答を与えてくれる。主人公ネロは周囲の無理解と孤独を解消するため、自分の絵が評価されることを欲するのです。親友である幼なじみの少女アロアとの交遊を禁じられ、放火犯の汚名をあびせられ、唯一の肉親である祖父を失い、住む家を追われても、ネロには絵に賭ける情熱があり、パトラッシュがいる。しかし町の美術展で自分の絵が評価されなかったとき、ネロはすべての自信を喪失し、自分はこの世に生きる価値のない人間だと思ってしまうのです。

 この映画は原作のストーリーを換骨奪胎して、名作『素晴らしき哉、人生』の少年版とも言うべきクリスマスの奇蹟物語に作り替えてしまった。「僕は誰にも愛されていない。生きていても意味がない」と考えたネロの前に天使が現れ、「君はみんなに愛されてる」と教えてくれるのです。物語はこのハッピーエンディングに向けてきちんと構成されているので、「死ななければそれでいい」という取って付けたようなご都合主義は感じない。これはこれで、なかなかいい映画になっています。

(原題:A Dog of Flanders)


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