パッション・フィッシュ

1999/06/23 徳間ホール
事故で下半身不随になった女優が故郷ルイジアナに戻ってきた。
気むずかしい女優と若い看護婦の友情物語。by K. Hattori


 ジョン・セイルズ監督が日本でもヒットした『フィオナの海』の直前に作った人間ドラマ。交通事故で半身不随になった昼メロ女優が、故郷ルイジアナの自然の中で少しずつ癒されて行く様子を描いている。自らの不幸を嘆き、周囲に対してわがまま放題に振る舞う主人公メイ・アリスと、彼女の身の回りの世話をする若い黒人看護婦シャンテルの関係は、『ドライビング・ミス・デイジー』の老婦人と黒人運転手の関係にも少し似ている。ふたりの関係は「患者と看護婦」という関係から少しずつ変化して、最後は友情に似たものがふたりの間に芽生えてくるのです。

 若い頃に故郷を離れ、必死の努力で南部訛りを克服したメイ・アリスは、20年ぶりに戻ってきた故郷になかなかとけ込めない。シカゴ出身のシャンテルも、ルイジアナという土地ではよそ者です。メイ・アリスもシャンテルも、ルイジアナを訪れた異邦人なのです。この映画では、ふたりの異邦人が土地に少しずつ根を下ろして行く様子と、ふたりの間に信頼と友情が生まれる様子を平行して描いている。これはなかなか上手い構成です。ルイジアナという土地の風景や人々の心が、患者と看護婦の友情物語を後押しし、ふたりの友情が芽生えたことで、土地に対する愛着も増してくる。ふたつの関係は、車の両輪のようにこの映画を引っ張って行くのです。

 映画はメイ・アリスが病院のベッドで目覚める場面から始まります。メイ・アリスを演じているのは、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』のメアリー・マクドネル。彼女は突然の交通事故で病院にかつぎ込まれたという設定ですが、事故の場面をすっかりカットしていきなり病院から物語を始めることで、「なぜこんなことになってしまったのか?」という彼女の動揺ぶりに観客が素直に感情移入できる。アメリカの病院のすごいところは、事故で下半身不随になった主人公に対し、「あなたの脊椎は致命的な損傷を受けている。今後は一切、回復の見込みがない」と宣言してしまうこと。「足の機能は回復しないのだから、他の機能を鍛えて補わなければならない」というのが医者の言い分です。

 インフォームドコンセントというのは、こうした残酷さや厳しさの上に成り立っているのです。日本人には、こうした残酷さや厳しさは望めないと思う。患者は事故や病気で肉体的にとても辛い思いをしているのに、それに追い打ちをかけるように心まで傷つけてしまいそうな気がするからです。でもアメリカでは、こうした患者を心理面でケアする制度が整っている。もっとも、それが万全ではありません。メイ・アリスは自らの不幸を嘆き、ふてくされ、辛いリハビリ治療を投げ出してしまう。彼女を癒すのは医者でもカウンセラーでもないのです。

 主人公たちは最終的に心の傷を克服する。だけどそれは、傷が治って元通りということではない。彼女たちは、それまでになかった新しい人生に足を踏み出して行くのです。観た後で、少し元気になれる映画です。

(原題:Passion Fish)


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