枕の上の葉

1999/04/07 メディアボックス試写室
インドネシアのストリート・チルドレンを追った社会派映画。
登場する少年たちは街でスカウトした本物。by K. Hattori


 インドネシアの都市ジョグジャカルタを舞台に、身寄りのないストリート・チルドレンと、彼らと共に生活する女性の生活を描く、ドキュメンタリー・タッチの社会派ドラマ。昨年の東京国際映画祭では審査員特別賞を受賞し、アジア太平洋国際映画祭では最優秀作品賞と最優秀主演女優賞を受賞している。製作と主演を兼ねているのは、インドネシアを代表する女優クリスティン・ハキム。小栗康平監督の『眠る男』にも出演している、国際的な映画人だ。今回は映画の中では、ストリート・チルドレンたちから母や恋人のように慕われる、アシーという女性を演じている。監督は国際的な賞を数多く受賞しているガリン・ヌグロホ。映画に登場するストリート・チルドレンたちは、ジョグジャカルタの街の中でスカウトした、実際のストリート・チルドレンだという。

 映画の描こうとしてるテーマは何となくわかるのだが、僕はこの映画をあまり高く評価していない。映画の中身と器が、どうもチグハグな感じがするのだ。登場する少年たちは本物のストリート・チルドレンなのに、室内や夜間シーンは露骨にスタジオ・セット。その人工的な配光を「様式美」とプレス資料では紹介しているが、単にロケ場面とうまく馴染んでいないだけだと思う。多分に技術的な問題ではないだろうか。少年たちが実際の街の中に飛び出していくと、いかにも生き生きとしてリアルなのに、夜になってアシーのもとに戻ってくると、少年たちからは快活さがすっかり消えて、すべてが作り物になってしまう。治安もよくない国だし、政情も不安定な中での撮影。すべてをロケで撮るのは、さまざまな意味で困難なのだろう。スタジオで撮影するのは、決して悪いことではない。でも、照明がいかにもスタジオっぽいのは興醒めだ。もっとライトを減らして、暗いところは真っ黒につぶしてしまうぐらいの思い切りがほしい。

 アシーのもとにいるストリート・チルドレンの中でも、ガキ大将的な存在がヘルという17歳の少年。ドラマとしては、アシーとヘルの絡みをずっと追いかけて、最後にヘルが物語から退場する方がよかったと思う。この映画では、アシーのもとから次々に少年たちが消えて行くのだが、エピソードがそれぞれダンゴ状にかたまっていて、映画全体を貫く流れが阻害されてしまう。スグンとヘルの退場順序を入れ替えるだけでも、映画はずっとまとまりのあるものになったと思うのだが……。

 映画の中で描かれているストリート・チルドレンの境遇は、それぞれ実際に取材した事実をもとにしたフィクションだろう。日本で言えば小学校低学年ぐらいの子供が、大人顔負けの憎まれ口をたたいたりする場面は、むしろ見ていて痛々しかった。ストリート・チルドレンは、無邪気な子供でいることを許されないのだ。しかし主人公のアシーは、そんな少年たちに同情などしない。彼女も少年たちと一緒に生き、一緒に笑ったり泣いたりする。ここには、路上生活を送る子供たちを高みから見下ろして、同情したり哀れんだりする視点は存在しない。

(原題:DAUN DI ATAS BANTAL)


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