隣人は静かに笑う

1999/02/08 日本ヘラルド映画試写室
隣に越してきた一家が反政府テロリストだったとしたら?
巧妙なストーリー展開には脱帽だ。by K. Hattori


 現代人の生活は「近所づきあい」を忘れている。「プライバシー」という言葉ばかりが一人歩きして、最低限必要な隣近所とのつき合いまで「わずらわしきもの」とされているのではないだろうか。僕の住んでいるマンションでは、入り口の郵便受けや玄関の表札に、名前を入れない人が9割ぐらいいる。おかげで真面目に表札を出している我が家は、宅配便のお兄さんから「送り状に部屋番号が書いてないんですが、○○さんのお宅は何号室でしょう?」と聞かれる始末。そんなの、僕だって知らないっての! しかし「プライバシー保護のために郵便ポストに名前を入れない」というのが、現代人の普通のプライバシー意識なんでしょうかね。以前、精神医学の本か何かで、自分の名前と顔を他人に覚えられることを恐れ、利用する図書館を転々と変える精神病患者の話を読んだことがある。我がマンションに蔓延する「プライバシー意識」は、それに近いものがあると思うけどね。

 この映画の主人公マイケル・ファラディは、道で大けがをしている見知らぬ少年を見つけて病院に運ぶ。少年は通りの向かいに越してきた、ラング家の一人息子だった。ケガの原因は花火による火傷だったが、マイケルは自分の隣人の名前や家族を知らなかった自分を恥じる。しかしこの事件をきっかけに、ファラディ家とラング家は急速に親しくなった。だがある時、マイケルはラング家の主人オリバーが、偽名を使っていることに気づく。彼が自分に語った経歴にも、偽りがあるらしい。大学の卒業アルバムを調べた彼は、オリバーの本名がウィリアム・フェニモアであることを突き止め、新聞のデータベースから、彼が10代の頃に爆弾魔として逮捕されていた事実を知る。善良な市民に見えたオリバーは、反政府活動をしているテロリストなのではないか……?

 二転三転する巧妙なプロットと、それを必然だと感じさせる用意周到な人物配置。ジェフ・ブリッジスが心に傷を持つマイケルを好演。ティム・ロビンスが、過去をひた隠しにする隣人オリバーを演じている。ジョーン・キューザックもいいぞ。大学でテロリズムの講座を持ち、妻をテロ捜査の過程で失っているマイケルは、日常に潜むテロリズムの芽に敏感にならざるを得ない。だが恋人や親しい友人たちは、そんなマイケルの疑惑を「神経質すぎる」「他人の過去を勝手に掘り返すのはプライバシー侵害だ」と責めるのだ。「善良そうな人間が、じつは凶悪な犯罪者」という話は、今までも映画の中に数え切れないほど登場している。しかしこの映画では、映画中盤でオリバー本人に自らの過去を告白懺悔させ、主人公の疑惑に一定の終止符を打たせてしまうのが見事。もちろん、話はそこで終わらない。

 「近所づきあいは必要だ」「近所づきあいは恐い」という矛盾した気持ちに揺れ動く現代人にとって、これほど恐ろしい映画はないだろう。最後のどんでん返しには、本当にビックリしてしまった。恐い映画だが、最高に面白いのも事実。これはすごい映画ですぞ。

(原題:ARLINGTON ROAD)


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