商船テナシチー

1999/01/16 フィルムセンター
カナダ移民に出発しようとする男たちの友情は恋に負ける。
'34年に作られたフランス映画の古典。by K. Hattori


 1934年のフランス映画で、監督は『望郷』のジュリアン・デュヴィヴィエ。職にあぶれてカナダへの移住を決意した親友同士が、カナダ行きの船が出る港町で足止めを食う間に、宿屋の美しい娘に恋をする物語。同年のキネマ旬報ベストテンでは、外国語映画部門で第1位になったフランス映画の名作。故・池波正太郎も大推薦の、戦前フランス映画の代表作らしいのですが、僕はどうもピンと来なかった。上映時間1時間13分で、登場人物のエピソードが簡潔にまとめられているのですが、僕のような現代の観客が観ると、この映画は「簡潔すぎる」のではなかろうか。上品で美味ではあるが、全体的にボリューム感がない。今ならヒロインのテレーズをもう少しふくらませて、1時間半ぐらいの映画にしないと、映画を観た後の満腹感に欠けると思う。

 脚本はすごくよくできているし、映画としての演出もぴったりはまっている。原作はシャルル・ヴィルドラクの戯曲で、映画化するにあたり、原作者のヴィルドラクとデュヴィヴィエ監督が共同で脚色している。主人公は情熱家でお調子者のバスチアンと、慎重派でおっとり型のセガール。パリで職にあぶれているふたりは、カナダへの開拓移民募集広告を見て、これに応募することを決意する。積極的なのはバスチアン。セガールはそれにくっついて行くだけ。レ・アーヴルの港でふたりを待つのが、商船テナシチー丸。港町での最後の夜を浮かれ騒ぎ、翌朝手を振って出航という段になって、船は故障が発見されて埠頭に引き返してしまう。ふたりは港に再上陸し、修理が終わるまで港で待機することになる。

 この映画は、オープニングで南海の島を舞台にした映画を観る主人公たちの姿から始まり、雨でぬかるんだ道を歩くふたりがカナダ行きの話をする場面につながる。明るく開放的な映画と、防寒具に身を包んだ人たちでごった返す映画館の対比、冷たい雨の中で肩をすくめながら歩く姿と、夢のような開拓地の話が対比されることで、主人公たちがカナダ方面に押し出されて行く描写に無理がなくなる。この演出は見事だった。テレーズに恋したセガールが振られ、別の女に袖にされたバスチアンがテレーズと深い関係になってしまう話そのものは、今さら驚くようなものではない。しかし、バスチアンがテレーズを乗せたボートで港の中を走り回る場面は編集が面白いし、ふたりが海辺で抱き合うと、画面いっぱいに広がった砂浜に長い影が落ちるところも、それだけでその後のふたりの関係を暗示するようで面白いと思った。

 テナシチー丸が港を出て行く場面は2回あるが、最初の出発シーンでは遠ざかって行く岸壁を長く映して主人公たちの未練や郷愁を表現し、ラストシーンでは船をすぐに沖に出すことで、陸にあるすべての未練を断ち切るように映画が終わらせる。こうした表現の違いで、主人公セガールの心理的変化を印象づけているのだ。映画演出の面では、細かい部分にまで本当に目が届いている。でもやはりこれは、往年の名画でしかないと思う。

(原題:Le paquebot Tenacity)


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