大阪物語

1998/12/07 映画美学校試写室
『東京兄妹』『東京夜曲』の市川準監督が大阪でロケした最新作。
主演は8代目リハウスガールの池脇千鶴。by K. Hattori


 市川準監督の作品には、いつも“東京”とその郊外や近郊の匂いがする。『東京兄妹』『トキワ荘の青春』『東京夜曲』の3つは正面から東京をテーマにしているし、新作『たどんとちくわ』も東京という土地を抜きにしては成り立たない。しかしそんな市川監督が、今回は“大阪”を舞台に映画を作った。しかも主人公は女子中学生。撮影に丸1年をかけているので、この映画と『たどんとちくわ』のどちらが「最新作」なのかは判然としないが、市川準は今までの淡々とした物語世界から、別のスタイルに転じようとしているような印象を受る。今までとは違う大阪という土地で映画を作ろうとするのもそうだし、『ふたりが喋ってる。』の犬童一心を脚本に招いたのも、映画の枠組みそのものを今までと別の場所に置くことで、自分の作風を強制的に変えてしまう意図があるようにも思えた。『たどんとちくわ』でも、今までのとガラリと違う暴力的なタッチを入れたり、脚本にNAKA雅MURAを使ったりしてましたっけ……。

 8代目リハウスガールの池脇千鶴が演じている主人公は、霜月若菜という中学2年生の女の子。若菜には一郎という弟がいる。ふたり合わせて「ワカナと一郎」だ。子供に漫才コンビの名前を付けてしまう両親も、売れない漫才コンビを20年も続けている。売れない芸人の家庭だから、お世辞にも裕福とは言えない。にもかかわらず、父親はあちこちの女に手を出し、とうとう若い愛人を妊娠させて彼女と一緒になると言う。夫婦漫才の世界に夫婦別れはよくあることと、別れた後も舞台ではコンビを組み続ける両親。父親は住んでいた家から4件隣の家に、お腹の大きな新妻と所帯を持って、ふたつの家を行き来するようになる。なんとデタラメなことか!

 若菜の両親を演じているのは、沢田研二と田中裕子。若い頃から女にモテモテで、今もあちこちの女と夜遊びを欠かさず、しかも女から小遣いをせびっているグウタラ男を、沢田研二が脱力感たっぷり(形容矛盾か?)に演じているが、彼のキャラクターがとにかく面白い。この父親は女遊びの他に博打にも手を出し、「遊びは芸の肥やしや」とマネージャーに言い訳した後、「それほどの芸ですか」とたしなめられて力無く笑う。才能のない破滅型芸人ほどたちの悪いものはない。本人もそれはわかっているのです。子供が産まれた後、新しい女房は子供を置いたまま彼のもとを去り、彼はもとの女房とよりを戻すこともできないまま、酒と博打と女にのめり込んで、ついには舞台に穴をあけてしまう。娘に「お父ちゃんはクズや」と言われた父は、プイと家を出て、そのまま大阪の雑踏の中に消えてしまう……。

 話だけだと「馬鹿な父親を持ちながらも、健気にたくましく生きて行く少女の物語」になってしまいそうですが、丸っこい大阪弁のアクセントとロケーション撮影の生々しさ、それに多数出演している芸人たちの個性が、この映画の基調を明るいものにしています。前半と後半でガラリと雰囲気が違いますが、僕は前半が好きです。


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