愛の悪魔

1998/11/26 メディアボックス試写室
画家フランシス・ベイコンと恋人ジョージ・ダイアーの実話を映画化。
主人公の強力な個性が恋人を破滅させる。by K. Hattori


 今世紀にイギリスが生み出した最大の画家フランシス・ベイコンと、彼の愛人であり、モデルでもあったジョージ・ダイアーの愛憎に満ちた同性愛関係を綴ったドラマ。主人公ベイコンを演じているのはデレク・ジャコビで、愛人ダイアーを演じているのはダニエル・クレイグ。監督・脚本はジョン・メイブリィで、音楽が坂本龍一だ。画家と愛人兼モデルの物語だが、映画の中にはほとんど絵が出てこない。絵が出てこないかわりに、この映画は画面や美術のイメージの多くを、ベイコンの絵から取り上げている。歪んだ鏡や食器に写る人物像や、厚いガラス越しに見えるよじれた人間たちは、そのままベイコンの絵画に通じるものだ。画家の描く絵がその心象風景の反映だとすれば、この映画はまさにベイコン本人の視点で世界を描いた作品と言えるだろう。こうした間接的アプローチで画家を描く映画は珍しい。非常にユニークだし、効果的な手法だと思う。僕は現代美術に関する知識が皆無なのだが、ベイコンの絵を少しは知っている人が観れば、より面白い映画だと思う。

 物語は1971年にフランスで開かれた、ベイコンの大回顧展からはじまる。オープニングでベイコンが賞賛の拍手を浴びているちょうど同じ頃、ホテルの部屋では彼の恋人ジョージが薬とアルコールの大量摂取で命を落とそうとしていた……。ここから物語は、ベイコンとジョージの馴れ初めへと戻る。ふたりが初めて出会ったのは、ベイコンのアトリエにジョージが泥棒として忍び込んだ時だった。侵入の現場を取り押さえたベイコンは、そのままジョージをベッドに誘う。この日から、ふたりは恋人同士になった。年齢も育ってきた環境も違うふたりは、恋人同士であると同時に、父親と子供のような関係でもある。ベイコンはジョージから想像へのインスピレーションを受け取り、その見返りとしてジョージの保護者として振る舞う。ジョージはベイコンに連れられて彼の友人たちのサロンにも顔を出すようになるが、その雰囲気はジョージにとって耐え難いものだった。ジョージはより密接に、ベイコン個人と強く結びついて行く。だがベイコンという強力な個性に接近すると、ジョージは自分のアイデンティティを保てない。彼は徐々に、薬とアルコールに溺れるようになって行くのだ。

 ひとりの強力な個性が、いかに周囲の平凡な人たちの人生を台無しにしてしまうかが、残酷なまでに描かれている映画です。何しろこのベイコンという人は、映画館で『戦艦ポチョムキン』の有名なオデッサの階段の場面を観ながらマスターベーションする人なんだから恐れ入る。感情の振幅が大きくて、口調は辛辣そのもの。サディストであると同時にマゾヒスト。かといって、彼が尊大で鼻持ちならない人かというとそうではない。強力な個性は、周囲の個性をスポイルしてしまうがゆえに、常に孤独なのです。映画のラストシーンでは、その孤独さがじつに巧みに描けていたと思う。ラブストーリーとしては特殊すぎるので、あまり感情移入はできないけどね。

(原題:LOVE IS THE DEVIL)


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