ドッグス

1998/11/19 メディアボックス試写室
女刑事が足を踏み入れた出口のない犯罪の迷路。
水島かおり演ずる無表情なヒロインがいい。by K. Hattori


 『ナースコール』『ロマンス』の長崎俊一監督が、デジタル・ビデオで撮影した異色の刑事サスペンス映画。ビデオ撮りで上映時間が1時間18分と聞いては、誰も内容に大きな期待をしないと思うのだが、これがめっぽう面白い。去年から今年にかけて、ビデオで撮った映画が何本か公開され、『アムステルダム・ウェイステッド』『ラブ&ポップ』『「A」』など、記憶に残る作品も少なくない。この『ドッグス』も、それに匹敵する面白さだ。こうなると、ビデオだというだけで映画を判断するのはもうやめなくてはなるまい。

 水島かおり演ずる主人公の女刑事・笠谷美樹は、犯人を追跡中に偶然交通事故の現場に出くわし、衝突した乗用車の中からひとりの男(演じているのは遠藤憲一)を救出する。自動車は爆発炎上して、同乗していた男は死亡。車の爆発は、漏れたガソリンに救出された男が火をつけたのが原因だった。笠谷の証言で、事件は事故として処理された。なぜ救出した男を助けるような証言をしたのか、それは彼女自身にもよくわからない。自分が助け出した男が警察に逮捕されることを避けようとしたのか、それとも、犯人追跡中に起きたもうひとつの事件にうんざりしたのか。いずれにせよ、これは笠谷の気まぐれ。事件の真相は闇に葬られ、笠谷と男は二度と会うことがないはずだった。しかし、何者かがこの一部始終を目撃していた。車から助け出された銀行員・寺西宏一が何者かに脅迫されたことから、事件をもみ消した笠谷は出口のない迷路の中に迷い込んで行く……。

 主人公の笠谷が寺西の犯罪を見逃したことが、すべての発端。刑事が目の前で起こった殺人を見逃した点に観客が疑問を持たないように、この映画では周到な複線が巡らされている。犯人が同僚刑事に銃を突きつけて逃走したこと。人質になった女性が目の前で撃たれたこと。必死の追跡もむなしく、犯人が逃走に成功したこと。自動車事故が、急に道路に飛び出した犯人を避けようとして起こっていること。車に火をつけた寺西は助け出されるつもりがなく、自分も死ぬつもりだったこと……。凶悪犯をみすみす逃がしてしまった負い目が、笠谷に目の前の小さな犯罪者を見逃す道を選ばせる。このあたりは、観ていてまったく不自然に感じなかった。この導入部が成功したことで、この映画は8割方成功しています。

 この映画の心理的なクライマックスは、笠谷が寺西と唐突に抱き合う場面でしょう。それまで寺西の行動の傍観者であった笠谷は、この瞬間から寺西の共犯者になるのです。笠谷は自らをその場所に追い込んだようにも思える。ふたりが関係を持つことで同じ場所に立ち、互いの孤独と不安を覆い隠そうとするのです。ふたりは「不安」を媒介にして強く結びついている。だからこそ、不安が解消してしまえば、ふたりの関係は終わってしまうのです。笠谷と寺西の中には、現代社会が生み出している人間の孤独や不安が凝縮されている。優れた犯罪映画がすべてそうであるように、この映画のテーマも深い!


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