竜馬暗殺

1998/11/07 アテネ・フランセ文化センター
(監名会・第60回)
坂本竜馬が暗殺されるまでの、最後の3日間を描いた時代劇。
'70年代の内ゲバ事件を幕末に移し替えた。by K. Hattori


 ドキュメンタリー映画の世界で活躍していた黒木和雄監督が、昭和49年に製作した時代劇映画。モノクロ・スタンダード画面の中に、坂本竜馬が暗殺されるまでの3日間を描いている。この映画は、今観ると出演している俳優たちがすごい。竜馬を演じるのは原田芳雄、その同輩・中岡慎太郎を演じるのが石橋蓮司、竜馬につきまとう若者・右太役は松田優作、他にも桃井かおりが出演している。こんなメンバー、今ではなかなか集まるまい。

 暗殺の気配を察した竜馬が醤油屋の土蔵に隠れているという設定で、人物も少なく、場所もほとんど動かない。監督ご自身の話によれば、この映画はものすごく小規模な予算で撮影されているらしい。竜馬の立てこもる醤油屋は、ロケハンで偶然見つけた江戸時代の建物で、取り壊し寸前のところを持ち主に掛け合い、即席のスタジオをこしらえたそうだ。ロケ弁が用意できず、全員で自炊の合宿生活。スタッフに時代劇の知識が皆無だったため、急遽・旧大映撮影所のスタッフが呼ばれたとか……。

 この映画の着想のユニークさは、「当時の坂本竜馬は、誰にとっても目障りな存在だった」という解釈にある。竜馬は新撰組に狙われ、見廻組に狙われ、功名を立てようとする浪人たちに狙われ、味方であるはずの薩長に狙われ、幼なじみの土佐藩士や郷士たちにも狙われている。中岡慎太郎も竜馬の命を狙っているのだが、いざとなるといろいろな事情で竜馬を斬れずにいる。この映画が製作された頃は、学生たちの内ゲバ事件が頻発し、その時代の空気が『竜馬暗殺』という映画にも影を落としている。この映画に登場する政治的暗殺の数々は、セクト同士の勢力争いや内ゲバなのだ。

 モノクロ・スタンダードという画面は、古い時代劇映画などでお馴染みのフォーマット。時折現れるサイレント映画風の演出に加え、上映されたプリントは状態が悪くて、傷アリ、ムラあり……。そんなこともあって、まるでドキュメンタリー映画を観ているような迫力があります。竜馬を演じた原田芳雄は、この時、竜馬の享年と同じ33歳だったそうです。ものすごく下品な竜馬ですが、圧倒的な存在感があります。この映画は、時代考証の面などから観るとおかしなところがたくさんあるのですが、それを補って余りある生身の迫力がある。

 じつはこの日の上映には遅刻して、冒頭の20分ほどを見逃してしまったのは残念。僕が観はじめたのは、竜馬が藤吉に自慢のピストルを見せびらかしている場面からだった。見逃した場面は、後日ビデオか何かで確認せねばなるまい。映画はファースト・シーンから10分ほどが大事で、ここさえ観てしまえば途中で寝ようが、ラスト・シーンを見逃そうが、映画の評価はあまり間違えないものなんですが……。というわけで、僕は『竜馬暗殺』という映画についての評価は避けて、今回は僕が見知っている範囲での印象を書き記しておくにとどめます。印象と言えば……、幡を演じた中川梨絵の印象は強烈。最後の表情が目に焼き付いてます。


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