精霊の島

1998/10/09 TCC試写室
米軍が放棄したバラックに暮らす人々を描くアイスランド映画。
日本と共通するところが多い'50年代の生活。by K. Hattori


 『春にして君を想う』『コールド・フィーバー』などで知られるアイスランドの映画監督、フィリドリック・トール・フリドリクソンの新作。舞台は1950年代のレイキャヴィク。アメリカ軍が放棄したバラックに暮らす人々の暮らしぶりを、特定の主人公を設けない集団劇スタイルで描いた作品だ。物語の中心になるのは、まじないと占いが得意で周辺の子供たちからは「魔女」と呼ばれている老婆カロリナと、その夫トマス、子供たち、さらに孫、最後は曾孫まで生まれる大家族。時間の流れが速くて、カットが変わると数日後、1夜明けると数ヶ月後になってしまうのに最初はとまどいましたが、途中でそれが飲み込めてしまえばあとは面白く観られます。

 僕はそもそもアイスランドが地球のどの辺にあるのかもとっさにわからないし、ましてやアイスランドの近現代史の知識など絶無なのですが、ここに描かれている人物たちに親しみを感じました。アメリカ人兵士のひとりと結婚し、アメリカに渡って行く女性がいる。アメリカ文化が大挙して流れ込み、若者たちはアメリカの音楽や映画に夢中になっている。テレビを見ながらコカコーラを飲む生活が、最高に格好良かった時代。これは同じ頃の日本とまったく同じです。バラック暮らしの描写も、日本の長屋生活みたいなものでしょうか。貧しい長屋ぐらいの子供が、裕福な山手の子供たちにいじめられたりするエピソードも、すごく親しみがもてました。ちょうど日本でも、昭和20年代から30年代を舞台にした『愛を乞うひと』が公開中です。日本とアイスランドは遠く離れた国ですが、生活レベルや家族の関わりがどこも同じなのが面白いと思いました。

 アメリカかぶれの長男が家の中で働きもせずグウタラ暮らせるのも、アメリカで暮らしている母親からの送金があるからだと説明されている。貨幣価値が天と地の差なのです。この時代、アメリカは世界でもっとも豊かな国であり、世界中からあこがれの目で見られている一級国だった。日本で戦後にアメリカ文化が大量に入り込んだのは、戦前の反動や戦後の進駐軍の影響かと思っていましたが、この映画を観るとアイスランドもまったく同じだったことがわかる。長男が何かあると「アメリカでは」と言ったり、アメリカ帰りだというだけで周囲の仲間たちから一目置かれているのも、あまりにも日本と同じなので笑っちゃいます。(つい先日亡くなった須川栄三監督の『君も出世ができる』という和製ミュージカル映画にも、アメリカ帰りの雪村いづみが歌う「アメリカでは」というナンバーがありました。)

 家族構成がいまひとつ飲み込めないため、わかりにくい部分もあります。これは映画の段取りの悪さなのか、台詞の中で説明されているものが字幕では伝わりきらなかったのか、原因がよくわからない。比較的長い時間を描いている映画なのですが、登場人物たちの風貌や服装があまり変わらないため、時間の流れがわかりにくいのも気になる。これは『愛を乞うひと』の勝ちです。

(英題:Devil's Island)


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