鮫肌男と桃尻女

1998/09/11 ガスホール
やくざ組織を裏切った浅野忠信がホテルの女事務員と逃避行。
凝った映像とキャスティングが濃い笑いを生む。by K. Hattori


 望月峯太郎の同名漫画を、同じ望月原作映画『バタアシ金魚』にも出演していた浅野忠信の主演で映画化。山の中のプチホテルに勤めていた若い女・トシコは、やくざ組織から1億円を盗んで逃亡している若い男・鮫肌のに出会う。鮫肌が逃走にトシコの車を使ったことから、やくざたちは彼女が鮫肌の女だと考えて追跡の対象に加える。いっぽう、ホテルの支配人ソネザキの監視下に置かれた牢獄のような暮らしから強いられていたトシコは、この事件をきっかけに現状から抜け出そうと考える。トシコが男と逃げたと知ったソネザキは嫉妬に狂い、知り合いの殺し屋・山田くんを雇い、相手の男を殺してトシコを連れ戻すように命じるのだった……。

 自主製作映画『8月の約束』を撮った石井克人監督の、商用映画デビュー作になるのだろうか。普段はCMの監督をしているそうなので、映像作りに関しては安心して観ていられる。脚本も石井監督が書いているのだが、本筋から脱線した雑談のような会話が抜群に面白い。こうした脱線の妙技は、タランティーノの影響だと思うが、タランティーノ作品ではあくまでも雑談が物語の彩りとして使われているのに対し、この映画の雑談は、それだけで映画の魅力の半分を支配するぐらい濃厚な味がする。こうした脱線には物語の勢いをそぐ危険性もあるのだが、この映画では互いに牽引しあって、映画に不思議なリズムを生み出している。こうした雑談によって、普通なら物語の中心で自分の場所を確保できない脇役連中までが、じつに生き生きとした表情を見せ始めるのだ。

 トシコ役の小日向しえは、モデル出身でこれが映画デビュー作。これは周囲に助けられて、なんとか様になっている。鮫肌役の浅野忠信は最初ミスキャスト気味かと思ったが、例によってこの人は、どんな役でも演じてしまう柔軟さがある。鮫肌役には男性ホルモン200%のエネルギッシュさが必要だと思うのだが、この映画では菊地武夫のファッションが役のイメージをずいぶん膨らませていると思う。他の出演者では、ホーロー看板マニアの岸部一徳、犬並に鼻が利く組長のドラ息子・鶴見辰吾、神に出会った寺島進など、北野武や石井隆の映画で何度もやくざを演じている連中が総出演。

 しかしこの映画でもっとも異彩を放っているのは、ホテルの変態支配人・ソネザキを演じた島田洋八と、殺し屋の山田くんを演じた我修院達也(若人あきら)だろう。このふたりの変態ぶりは強烈で、島田洋八はフロントに立っているだけで画面の雰囲気がデビット・リンチだし、我修院達也はしばらく夢に出てきそうなほど印象深いキャラクターになっている。特に我修院の表情や動作は、グロテスクにカリカチュアライズされた榎本健一という雰囲気。トイレの中で鮫肌を殺そうとするシーンは、サイレントのコメディ映画のような楽しさがある。

 映画は浅野人気で若い女性客が多くなるだろうが、映画の中身自体はかなりディープな内容。これは是が非でも注目しておくべき映画だろう。


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