ワイルド・マン・ブルース

1998/08/18 松竹第1試写室
ウディ・アレンの欧州演奏ツアーを描くドキュメンタリー。
アレンは実生活でも映画と同じです。by K. Hattori


 映画監督ウディ・アレンが趣味でジャズ・クラリネットを演奏しているのは、ファンなら誰もが知っていること。毎週定期的にパブで演奏し、それを映画以上に大事にしている。『アニー・ホール』でアカデミー賞を受賞したときも、演奏を優先して授賞式をサボってしまったほどだ。この映画はそんなアレンと仲間たちが、初めてヨーロッパ演奏旅行に出かけた様子を記録したドキュメンタリー映画。撮影直後に結婚したスン・イーとのアツアツぶりもたっぷり記録されているなど、非常に興味深い内容になっている。これはファンには見逃せない。

 正直なところ、アレンがクラリネット演奏に熱を上げていることを知っていたとしても、それは有名人の余技や道楽だと思っている人がほとんどだと思う。身内や仲間内での演奏ならいざ知らず、ヨーロッパに演奏旅行するなんて、まるで東京にボクシングをしにきたミッキー・ロークではないか。おそらくアレンの演奏は、ロークのネコ手パンチ並のへなちょこぶりに違いない。それでもファンは「天才監督ウディ・アレンの演奏だから」という理由だけで許してしまうのだろう……。それが僕の、この映画を観る前までの予想だったのですが、これは大はずれだった。アレンの演奏は、結構しっかりしたもんです。彼の熱の入れ方はハンパじゃない。10代の少年時代から、毎日1〜2時間の練習を欠かさないという真面目さが、彼の演奏を支えているのでしょう。彼はプロのミュージシャンではないので、演奏に超絶技巧があるわけでも、天才的ひらめきが感じられるわけでもない。でも演奏からは、彼の音楽に対するひたむきな姿勢がきちんと伝わってくるのです。

 この映画を観て改めてびっくりしたのは、ウディ・アレン本人と、ウディ・アレンが映画の中で演じているキャラクターがうりふたつだという点です。映画の登場人物など、多かれ少なかれ作者の分身であるのは当然なのですが、喋り方、笑い方、ギャグやユーモアのセンス、恋人との会話、周囲への自虐めいた悪態など、アレン本人の姿はそのまま映画の中のアレンの姿にダブります。この映画に登場するアレンを観ていると、まるで彼本人が監督した映画を観ているような気分になります。ひょっとしたらカメラに撮られていることを意識して、わざわざ「皆が知っているウディ・アレン」を演じて見せているのかと疑いたくなるほどでした。

 スン・イー・プレヴィンという女性は、雑誌などで何度か写真を見たことがある程度だったのですが、アレンとのコンビは抜群ですね。気難しいアレンにずけずけと物を言うし、人見知りで大勢の前に出たがらない彼を、どこにでも引っ張ってゆく。この映画は、彼女なしには実現しなかったかもしれません。

 でも一番面白かったのは、映画の最後に登場するアレンの父親。僕はこれを観て、『アメリカ交響楽』に登場するガーシュインと父の関係を思い出してしまった。ユダヤ人の父と息子の関係って、あんな感じなのかな。

(原題:WILD MAN BLUES)


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