快楽の園

1998/06/21 岩手教育会館大ホール
(第2回みちのくミステリー映画祭)
サスペンス映画の神様、アルフレッド・ヒッチコックのデビュー作。
サイレント映画の着色を初めて実際に見ました。by K. Hattori


 1925年に製作されたヒッチコックのデビュー作。過去に日本で上映されたことはなく、今回「みちのくミステリー映画祭」で上映されるのが日本初公開だという。当然サイレント映画なので、この日はピアノ伴奏と字幕通訳付きの上映となった。もっとも、トーキー作品を上映するには字幕を付ける作業が必要なので、地方の一映画祭程度ではフィルムを調達することが難しいに違いない。有名監督のサイレント作品を上映するというのは、そうした点でなかなかのアイデアだと思う。どうせなら字幕通訳ではなく、弁士付きの上映にすればもっと良かった。無声映画鑑賞会あたりと提携すれば、そうしたイベントも可能だと思うのですが……。

 上映時間1時間20分の長編です。ミステリーというより、だらしなく堕ちてゆく人間たちのドラマといったところでしょうか。トリュフォーがヒッチコックにインタビューした「映画術」の中で、監督本人はこれをメロドラマと評しています。同時に監督は、この映画を作るのがいかに困難なことであったかを披露していますので、興味のある方は「映画術」を一読してください。僕はヒッチコックの作品をそんなに多く観ているわけではありませんが、このデビュー作の中には紛れもないヒッチコック・タッチが芽吹いています。「映画術」でも述べられているラストシーンの演出もそうですが、僕はむしろ、ドアの内側に犬が閉じこめられるといったユーモラスな場面に、後年のヒッチコックに通じるセンスを感じます。

 しかしこの映画で一番面白かったのは、夜のシーンになるとフィルムを青く染めるという、古いサイレント映画の約束事が、新しいプリントでもきちんと再現されていることでしょう。これはフィルムを用意したイギリス側が偉い。僕は国内の上映会やビデオ作品で、このような処理を施したフィルムを観たことがありません。知識として、当時は夜の場面を青に、ラブシーンをピンクに、火事の場面は赤にフィルムを染色していたことは知っていましたが、それを生で観られたのはラッキーでした。一部分、明らかに昼間の場面まで青く染まってましたが、これはご愛敬、目をつぶって見逃しましょう。

 ヒッチコックは女性の登場人物をサディスティックにいじめるのがひとつのスタイルなのですが、このデビュー作ではまだそこまで徹底した趣味が出ていません。何しろ彼はこの頃、女性についてまったくの無知で、女優が生理だからと海に入れない理由に納得できず、彼女を首にして別の女優に替えてしまったほどです。ところが、新しくキャスティングされた女優が太っていて、男が溺れた女を抱えて海から上がってくる場面がうまく撮れなかったとか。映画を観ると、そのシーンがありません。

 タイトルの『快楽の園』というのは、主人公のダンサーが出演しているミュージックホールの名前。今観ると、売れっ子になるジルの踊りの、どこがどう上手なんだかよくわかりません。今作る映画だと、当時を再現しても振り付けは現代風にアレンジしちゃうからね。

(原題:The Pleasure Garden)


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