スライディング・ドア

1998/06/10 TCC試写室
目の前で地下鉄のドアが閉まる。それが人生の分かれ道……。
1本で2本分楽しめるラブ・ストーリー。by K. Hattori


 人間なら誰しも「あの時、ああしていれば」とか、「この時、こうなってたら」と思う瞬間あるはずです。でもこうした「自分の意志」による出来事は、それを決定したのが自分であれば、ある程度は諦めもつく。そうした大げさな場面でなくても、例えば、道で見ず知らずの人にぶつかりそうになったり、通勤のバスに1本乗り遅れそうになったりという、日常生活の中にごくあたり前に起きている偶発的な出来事によって、その後の人生が大きく変わっているのかもしれません。電車に1本早く乗ったために大きな事故に遭わずに済んだという例は、世の中にすごく多いでしょう。僕は以前、オウム真理教の地下鉄サリン事件が起こった沿線の会社に通っていましたが、その朝は「俺の1本前の電車で事件が起こった」「いつも乗る車両で薬品が撒かれたが、たまたまその日は別の車両に乗っていた」といった、危機一髪のエピソードが会社中でささやかれていたものです。

 この映画の主人公は、ある朝目の前で地下鉄のドアが閉まるか閉まらないかという、その一瞬が人生の分かれ目になった。地下鉄に乗れた彼女は、早々に帰宅したせいで、同棲中の恋人が別の女とベッドにいる場面を目撃してしまう。一方、電車に乗れなかった彼女は、タクシーで帰宅しようとしてひったくりにバッグを取られそうになり、犯人ともみ合ったときに怪我までしてしまう。恋人は女を部屋の外に送り出し、彼女が帰宅したときは何事もなかったかのように振る舞います。こうして映画は、ある一瞬の行動の違いがひとりの人間の人生に与える影響を、実証的にシミュレーションして行くのです。

 映画はふたつに別れた人生の両方を、カットバックしながら同時進行で描きます。主人公ヘレンを演じているのはグウィネス・パルトロウですが、様々な工夫をしているので、どちらがどのヘレンかを間違えることはないでしょう。このあたりは、作り手の工夫が光ります。1本の映画の中に2本分の映画が詰まっているようなものですが、上映時間は1時間40分。かなり充実しています。それぞれの人生は、どちらも波瀾万丈のラブストーリーになっていて楽しめる。どちらかというと、浮気がばれなかった側は恋人の視点で描かれることが多いのですが、これはこれですごく面白い。

 ふたりのヘレンは、同じ人物が異なった条件に置かれたときの状態です。彼女が自発的に何かを選び取ったり捨て去ったりした結果として、目の前に人生が開かれるのではなく、彼女の人生は偶然の産物に過ぎない。この映画は、人間には定められた「運命」などないと言っているのかもしれません。ふたりのヘレンが、最終的に到達する結論が同じであることからは、また別のテーマも浮かび上がってきますが、それはネタバレになるのでこの場では書かない。映画を観てご確認ください。

 基本はワン・アイデア・ストーリーで、演出にびっくりするようなところはありません。でも間違いなく面白いので、デートにはうってつけの映画でしょう。

(原題:SLIDING DOORS)


ホームページ
ホームページへ