マルセイユの恋

1998/06/09 シネカノン試写室
南仏の港町マルセイユの路地裏で生まれた中年男女の恋物語。
登場人物がみんな生き生きしています。by K. Hattori


 南仏の港町マルセイユを舞台に、取りたてて美男美女でもない中年男女の恋を描いた映画。大きな事件が起こるでなし、恋に障害があるわけでなし、それでもカップルの行く手は山あり谷あり。細い路地裏の人間模様も描きつつ、全体からほんのりと、人間の温かさが伝わってくるような映画になっています。原題は主人公たちの名前から取られたシンプルなもの。今年の横浜フランス映画祭に出品されるときは、原題通り『マリウスとジャネット』になっているそうです。秋の公開時にタイトルを変えるのはいいのですが、「マルセイユ=港町」という観客の期待は裏切られるかもしれません。でも、ここに描かれているのは、観光客の訪れない路地裏で暮らす、マルセイユのごく普通の人々の生活ぶり。観光ガイドには載っていない、素顔の町が見られます。

 主人公ジャネットは、スーパーでレジ打ちの仕事をしている中年女性。娘と息子がいるシングルマザーで、ここ8年ほどは女手ひとつで家庭を守ってきた。彼女は取り壊し中のセメント工場から、放置してあるペンキ缶を無断で持ち去ろうとするのだが、それを警備員のマリウスにとがめられる。口論の末、その日はあきらめて帰ったのだが、翌朝ジャネットの家にマリウスがペンキ缶を持ってやって来た。彼は上司の許可を取った上で、ペンキ缶を彼女のところまで運んできたのだ……。この導入部で、ジャネットの勝ち気な性格や、家の経済状態、家族構成が全部わかるし、マリウスの一見ぶっきらぼうな態度の裏にある、優しさと折り目正しさがわかるようになっている。これで観客は、すんなりと主人公たちに好感を持つことができるのです。男女の馴れ初めは映画の要ですが、この映画はその点を工夫してます。

 物語の本筋はマリウスとジャネットの恋物語ですが、この映画はサイドエピソードや周辺人物の台詞がなかなか面白くて、観ていて「う〜む」とうなるような場面がたくさんありました。主人公たちの人物設定も上手いのですが、共産主義者として戦争中は収容所に入っていた経験のある女性や、その幼なじみで彼女に恋心を持っている男性、右翼政党に1度だけ投票したことをいつまでも女房に責められている男、亭主を尻に敷きながら4人の子供を育てている女など、どのキャラクターもじつに魅力的なのです。これらの人物がそろって井戸端会議に興じる場面は、いつまでも眺めていたいような、幸せな空気に包まれている。映画を観ているだけなのに、日常を楽しんでいる彼らの幸せが伝わってきて、こちらまでニコニコしてしまいます。

 監督のロベール・ゲディギアンは、もう何本も映画を撮っている中堅監督ですが、日本に紹介されるのはこの映画が初めて。ジャネット役のアリアンヌ・カスカリードは監督の公私にわたるパートナーですが、この映画の演技でセザール賞を受賞したそうです。マリウス役のジェラール・メイランは、監督と4歳の頃から遊んでいた幼なじみだとか。う〜ん、アットホームな映画だなぁ。

(原題:Marius et Jeannette)


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