ジャッカル

1998/02/17 東宝東和試写室
『ジャッカルの日』のリメイク企画があらぬ方向に脱線転覆。
原作の面影もない映画に仕上がった。by K. Hattori



 要人暗殺を狙う凄腕の殺し屋と、彼の行為を阻止しようとする捜査員たちの攻防を描いたサスペンス映画。本名や素性も知られず、ただ「ジャッカル」とだけ呼ばれる殺し屋役には、『ダイ・ハード』シリーズなどで、今まで迷うことなく正義の味方を演じ続けてきたブルース・ウィリス。彼の行動を阻止するため、特別に刑務所から出された元IRAのテロリストに、リチャード・ギア。なかなか意欲的なキャスティングだとは思うが、正直いってこのふたりを使うなら、素直にギアを殺し屋に配し、ウィリスをFBIの捜査員にすべきだった。この映画のブルース・ウィリスは非情な殺し屋にしては体温が高すぎるような感じがするし、ギアが刑務所から出された男だという必然性もあまりない。むしろ捜査側に内部対立めいたものが生まれたことで、アクション映画に不可欠なスピード感が落ちてしまったと思う。

 世界規模でモラルなき急成長を続けるチェチェン・マフィア(ロシアン・マフィア)の組織を追い詰めるため、かつては敵同士だったロシア情報局(MVD)とFBIが手を握る。ところがマフィアの会合に踏み込んだ時点で、相手の思わぬ反撃にあって捜査員が発砲。射殺されたのは、マフィアのボスの弟だった。ボスは肉親を殺された恨みを晴らすため、殺し屋ジャッカルにある人物の射殺を依頼する。一方捜査陣営側も、マフィアの反撃を予測。正体不明のジャッカルが動きだしたことを知ったFBIは、アメリカの刑務所に収監中の元IRA闘士、デクラン・マルクィーンを捜査メンバーに引き入れて万全の守りを固めることになる……。

 監督は『ロブ・ロイ』のマイケル・ケイトン=ジョーンズ。僕は『ロブ・ロイ』という映画が嫌いなのですが、その理由は、描写が不必要に残酷だと思ったからです。今度の『ジャッカル』でも、手斧で頭を割るとか、重機関銃で人間の腕を吹き飛ばすとか、「そんなこと、わざわざ絵にして見せなくてもいいのに」と思われる描写のオンパレード。しかもこうした描写は、ただ残酷なだけで、特別オリジナリティーがあるわけでもない。過去の映画作家たちが、あえて避けて通った描写を、嬉々としてもてあそんでいる趣味の悪さを感じます。例えば会議の席で部下を殺す場面は、『アンタッチャブル』でアル・カポネが部下をバットで殴り殺す場面と同じなんですが、デ・パルマの演出の方がエレガントですよね。

 物語の上でも何かと問題の多い映画です。正体不明のジャッカルはともかくとして、R・ギア扮するデクランの人物造形が薄すぎる。彼はIRAのテロリストとして数々の人を殺傷し、懲役50年の刑を受けて服役中の身です。ところが演じているギアからは、デクランのくぐり抜けてきた血と硝煙の匂いがしないのです。このため、ジャッカルとデクランの対決からは、「野に放たれた獣同士の対決」というテーマが浮かび上がってこない。これならデクランをただのFBI捜査官にしたほうが、余程わかりやすい。アイデアはともかく、詰めが甘いぞ!

(原題:The Jackal)



ホームページ
ホームページへ