エンド・オブ・バイオレンス

1998/01/16 松竹第1試写室
ポリティカル・サスペンスをなんでホームドラマ風に演出するの?
ヴェンダースのひねくれぶりに頭を痛める。by K. Hattori



 ヴィム・ヴェンダースのハリウッド嫌いはよくわかるけど、それならずっとドイツで映画を撮っていればいいのです。わざわざアメリカまで出てきて、アメリカを舞台に、アメリカの俳優を使って、アメリカ映画(ハリウッド映画)ふうのプロットを作り、それをへんにいじくりまわして、わざわざつまらない映画を撮る必要なんてなかろうに。僕は『パリ、テキサス』でヴェンダース映画に入り、『ベルリン・天使の詩』をつまらない映画だと思い、『夢の涯てまでも』で彼を完全に見限ってますから、今さらヴェンダース批判をしてもしょうがないんだけど、僕は彼がいまだにこれだけの規模の映画を作れる理由がよくわからないし、ハリウッドの俳優たちがこぞって彼の映画に出演する気持ちもわからない。今回出演しているのは、ビル・プルマン、アンディ・マクドウェル、ガブリエル・バーンといった人たち。この人たちって、自分が出演している映画の内容を、きちんと理解した上で役を演じているんだろうか? 僕にはさっぱりわからなかったんですけどね。

 売れっ子の映画プロデューサーが、政府の秘密プロジェクトを巡る陰謀に巻き込まれる話です。見知らぬ人物から電子メールで膨大なファイルを送りつけられた主人公は、ある日突然、二人組の男に誘拐されそうになる。ところが誘拐犯たちは、主人公の目の前で頭を吹き飛ばされて即死。からくも現場から逃げ出した主人公は、自分が何者かに命を狙われていることを察知して、姿を変えて敵の正体を探ります。やがて浮かび上がってくるのは、「エンド・オブ・バイオレンス」と呼ばれる都市監視装置の開発計画。人工衛星から地上をくまなく監視し、必要とあれば攻撃を加えられる装置です。議会の承認なしに進められているこの開発は、その一切が極秘あつかい。しかし自分の身に危険を感じた開発者のひとりが、極秘文書の写しを主人公に送っていたというわけです。

 少なくとも、上記のような文脈をメインに物語を組み立てれば、ハリウッド流のポリティカル・サスペンスや、アクション・スリラーが一丁上がりです。ところがヴェンダースはそうしたハリウッド流の映画作りに反抗的ですから、自分でこんな話をこさえておきながら(脚本はニコラス・クラインですが、オリジナル・ストーリーにはヴェンダースの名もクレジットされている)、演出の要点を主人公と妻の関係や、主人公が製作する映画に出演していた女スタントと刑事のロマンスなどにずらしてしまう。開発計画の渦中にいる研究者ガブリエル・バーンも、政府の陰謀に巻き込まれた科学者の反逆という部分より、メキシコ人メイドとの関係や、父親との関係をクローズアップするのです。

 こうして本来のプロットを骨抜きにしてしまうから、物語は串の抜けた串団子のようにバラバラに解体してしまう。ひとつひとつのエピソードはそれなりに丁寧に作られているし、何よりも絵作りは抜群に上手いので観ていられるけど、やっぱりツマラナイ映画だと思うよ。


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