セブン・イヤーズ・イン・チベット

1997/11/21 日本ヘラルド映画試写室
ブラッド・ピット扮する主人公の人間的成長というテーマとは別に、
中国のチベット政策への怒りが見える。by K. Hattori



 第2次大戦中、イギリス軍の捕虜収容所から脱走し、チベットで7年間を過ごした登山家ハインリヒ・ハラーの実話を、人気スター俳優ブラッド・ピット主演で描く力作。この映画が今年の東京国際映画祭に出品されたことに抗議して、中国政府が映画祭から作品を引き上げてしまったニュースは記憶に新しい。中国がこの映画に不快感を示す理由は、この映画が中国のチベット侵略を描いているからに他ならない。

 個人的に、チベットと中国については少しばかりの知識があった。数年前にベルギーに旅行中、彼の地の博物館で「タンタンとチベット展」という企画展示を見学したことがあるのです。タンタンはベルギー生まれの人気漫画だが、その中に主人公タンタンがチベットを訪れる話があるらしい。博物館ではタンタンの原画展示やグッズの販売、ビデオ上映などに加え、チベットの写真、民族衣裳や民芸品の展示、砂曼陀羅の実物と制作過程を紹介したビデオ、そして中国のチベット政策についての掲示があった。複数のモニターに映し出されているのは、チベットの寺院を破壊し、火をつけ、僧侶に暴力を振るう中国軍兵士たちの姿。カラーVTRで撮影されていた映像が、いつどんな情況で撮影されたものなのか……。とにかく強烈な印象だった。

 僕はその後テレビや新聞で「チベット」という文字を見るたびに、ベルギーの博物館で見た数々の展示品を思い出し、中国のチベット政策についてのニュースを見れば、同じ時に見た中国兵たちのビデオ映像を思い出すようになった。活字の知識でしか知らない人に比べれば、何倍も何十倍も強い関心を呼ぶのです。

 この映画の後半は、中国のチベット侵略を描いています。少年ダライ・ラマの見る悪夢は、僕がベルギーで見たビデオにそっくりでした。おそらく『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の観客たちも、この映画を観た後はニュースで見る「チベット」という文字に、それまで以上の関心を持つようになるでしょう。そして、中国の理不尽なチベット政策に憤り、チベットの指導者ダライ・ラマに親近感を持つようになるはずです。中国はそれを一番嫌がっているのです。中国にとって望ましいことは、世界中の人々がチベットの存在を忘れてしまうことです。中国がチベットの同化政策を着々と進め、チベットがすっかり中国の一部になってしまうまで、世界に 「そっとしておいてほしい」のです。でもこの映画の存在と、それに対する中国の過剰な反応は、かえって世間の目をチベットに向けてしまうように思えます。

 映画はブラッド・ピット演じる主人公の人間的成長を描くもので、正面から中国の政策を非難するものではありません。しかし、映画に描かれているチベットの美しい風景、柔和な顔立ちの人々、そしてチベット人の指導者であるダライ・ラマの素晴らしい笑顔を見ると、それを破壊した中国を憎まずにはいられません。政治的な体裁はとっていませんが、メッセージは明快です。


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