女優マルキーズ

1997/10/24 シネセゾン試写室
17世紀に活躍したフランスの女優マルキーズの伝記映画。
ソフィー・マルソーは熱演だが物語が弱い。by K. Hattori



 主人公マルキーズは、17世紀のフランス演劇界で活躍した人気女優。この映画はマルキーズの波乱に富んだ生涯を、時に歴史を忠実に再現し、時に歴史的事実を自由に脚色し解釈しながら綴った物語。マルキーズが活躍した17世紀は、太陽王ルイ14世のもと、フランスがわが世の春を謳歌していた時代です。同じフランスの演劇人ボーマルシェを描いた『ボーマルシェ/フィガロの結婚』もつい先日公開されていましたが、ボーマルシェはマルキーズより100年以上も後の人物です。政争に明け暮れるボーマルシェに比べると、この『女優マルキーズ』には政治の臭いが感じられません。庶民の生活はともかくとして、政治的には安定していた時代なのでしょう。だからこそ、ベルサイユに荘厳な宮殿だって建てられるし、絢爛たる貴族文化の花も咲くのです。

 貧しい大道芸人の娘として生れた踊り子が、当時の人気劇団にスカウトされてパリの舞台に立ち、やがて王族や貴族たちの喝采を浴びる人気女優へと成長するサクセスストーリーです。同時に、華やかな舞台の裏にある駆け引きや乱れた男女関係、きらびやかな貴族社会の持つ残酷さ、舞台女優のはかなさなども描かれている。ただし、こうした人物伝は映画の本質ではないように思う。むしろマルキーズという人物を通して、当時のフランス文化を両断してみせる趣向が面白いのです。

 喜劇作家モリエール、悲劇作家ラシーヌ、太陽王ルイ14世、宮廷音楽家リュリ、女呪術師ラ・ヴォワザン、王弟オルレアン公フィリップなど、当時の宮廷人、文化人の多くがマルキーズの周りに群がっていた。これだけのお歴歴を従えさせるマルキーズ役には、相当の女優が必要ですが、この映画のソフィー・マルソーはまさにはまり役。田舎町の踊り子時代に見せるあどけない表情から、男たちを手玉に取る野心家を経て、大女優の貫禄を見せる大人の女へと成長して行く様子を、じつに説得力ある芝居で見せてくれる。あまり物語自体の強さを感じない映画ですが、中心にいるのがマルソーだから、雑多な要素がきっちりと型にはまるのですね。

 ただしこの映画には大きな不満がある。それはマルキーズの私生活や個人的な苦悩に焦点が集まり、大衆から王侯貴族までを魅了した彼女のステージ姿に工夫がなかったことです。粗野でエネルギッシュな踊り子のステージが、モリエールやラシーヌといった一流劇作家たちの手で磨かれてどう洗練されていったのかが、さっぱり見えてこない。『女優マルキーズ』の「女優」たる部分に説得力がないため、最後に役を奪われ失意のうちに死ぬ彼女の苦しさが伝わってこないのです。彼女にとっては舞台こそがすべてだと言うのなら、普段の生活以上に、舞台の上で光り輝くマルキーズの姿を描かなければならなかったはず。舞台の上のマルキーズに、映画の中の観客が感嘆の声を上げると同時に、映画館の観客も感嘆の声を上げるようになれば、この映画は大成功だったのですが……。『ボーマルシェ』にはそれがあったよ。


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