朱家の悲劇

1997/10/22 徳間ホール(試写会)
1920年代の中国人豪商の生活がつぶさに描かれている面白さ。
陰惨な復讐劇になる後半より、前半が素敵です。by K. Hattori



 中国映画祭97に出品される映画の1本。1920年代から30年代を時代背景に、中国の小都市で質屋を営む朱一家の崩壊を描いたドラマです。この時代の市民生活を描いた映画はわりと多いのですが、当時の中国人富豪の生活にここまで肉薄した映画は今までなかったような気がします。この頃を舞台にした映画の多くは、金持ちや外国勢力や軍閥に支配された民衆の側に立ち、支配者である金持ち層を戯画化したものが多かった。金持ちはステレオタイプな悪人や小悪党で、政府の役人や軍部に取り入って特権を享受し、庶民を困らせる存在です。この『朱家の悲劇』は、そうしたステレオタイプな金持ち像を打ち壊して、リアルで生々しい人間を描き出している。戯画化していない分、その傲慢さや金銭に対する執着ぶり、目下のものに対する人を人とも思わぬ態度などはグロテスクなほどです。

 映画は質屋を営む朱一家の朝の風景から始まります。小間使いの少女がたらいにぬるま湯を入れて運び、瓶の上に腰掛けて用足しをすませた跡取り息子のお尻を洗う。この描写だけで、この家の中で主人一家がどう扱われているか、使用人たちがどう扱われているかがすべてわかってしまう。当時の金持ちが、いかに多くの人にかしずかれながら生活していたか、貧富の差がどれだけ大きいものだったかが、電光のように一瞬で伝わってくる。

 この映画の面白さは、物語そのものの面白さが半分、こうした日常の細細とした描写の面白さが半分です。客の頭上にそびえ立つ台の上に座る質屋の番頭たちが、大きな声を出しながら質草の値踏みをする場面も面白かった。金を貸す質屋と、金を借りる一般客との間には、あれぐらいの格差があるんですね。一般客には居丈高な質屋も、上得意の客は丁重にもてなします。その露骨な差別待遇もまたよろしい。僕は質屋を利用したことがありませんが、戦前の日本の質屋の様子は、昨年相次いで公開された宮沢賢治の伝記映画にも描かれてました。日本と中国とでは、ずいぶん様子が違うものです。

 登場人物の服装や家具調度品、運河を渡ってくる物売りの小船、魚をさばいて中庭で干す様子、質屋の倉庫、家の中での妻と妾の関係など、時代を感じさせる些細な描写の数々にうっとり。当時の豪商の家を再現している映画ですが、じつは低予算映画だと聞いて二度びっくり。家はロケセットで、小道具類は同じものを別の場面に次々流用しながら使っているそうです。

 物語は前半の悲恋物語と、後半の復讐劇の二段構え。相思相愛の恋人を主人の妾として奪われ、さらに主人の放蕩息子に誘惑され殺された若い番頭が、めきめきと頭角を現わして家を乗っ取る話です。僕は前半の、恋人が殺されるまでが面白く観られた。殺される女は、映画の冒頭で主人の息子のお尻を洗っていた少女です。誰一人頼るものもなく、今ある境遇から脱出するためだけに主人の息子とも関係を持ってしまうヒロインが哀れです。後半も十分面白いんですが、前半の瑞々しさを僕は愛す。


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