ビヨンド・サイレンス

1997/10/03 ソニー映画試写室
クラシック音楽の本場ドイツの映画だけに音楽場面が素晴らしい。
ろう者の両親を持つ少女ララの成長物語。by K. Hattori



 昨年12月にドイツで公開されるやいなや、300万人を動員するドイツ映画史上最大のヒットとなった作品らしい。ドイツ・アカデミー賞に相当するドイツ連邦映画賞で、作品賞・主演女優賞・音楽賞などを独占し、続いて上映されたヨーロッパ各国でも絶賛されたということです。配給宣伝会社の資料に書いてあることだから、多少は割り引かなくてはならないんでしょうが、こういう作品がきちんとヒットする土壌がヨーロッパにはあるんですね。うらやましい。日本では来年春から、銀座テアトル西友などの単館系でロードショー公開されますが、興行的にどの程度行くものか。内容的には文句なしの傑作だと思うので、ぜひ大勢の人に観てもらいたいです。東京国際映画祭のコンペ部門に正式出品されるそうなので、そちらで一足先に観ることもできるはずです。

 両親ともにろう者の家庭に生まれた、少女ララの成長を綴る青春ドラマです。身障者というと「社会的な弱者」「守られるべき人たち」と考えられがちですが、この映画ではララの家庭を、父と母と娘ひとりの明るい家庭として描いています。もちろん両親がろう者であることによる不便はありますし、その不便のツケがすべてララの肩にのしかかっていることは否定できないのですが、ララはそれを特に負担だとは感じていない。銀行や学校でララが両親の手話通訳をする場面は、ララの家庭内での重要な役割を感じさせる大事なエピソードですが、ララの縦横無尽な迷通訳ぶりはユーモラスです。この場面でどんな観客も、ララのことが大好きになるでしょう。

 ララが叔母さんからもらったクラリネットを練習し始めるあたりから、この物語の本当のテーマが見えてきます。それは「女性の自立」という普遍的なテーマです。いや、ひょっとしたら「女性」という括弧つきの表現すら必要ないかもしれません。両親のもとで大切に育てられた子供が、成長して自分の道を選び、両親のもとから巣立って行く。そんな誰もが通る青春のワンシーンを、ララの姿を通して描いているのです。

 家を出たララは、そこでさまざまな人に出会い、成長して行きます。叔母夫婦の不仲を間近に見て、長年あこがれていた叔母も欠点を持つ人間であることを思い知ったり、ろう学校の教師をしている若い男性と恋に落ちたり、素晴らしい音楽に巡り合ったりする。そして家の外から、自分の家や両親の姿をながめられるようになる。ララが成長するのに合わせて、彼女の父親も成長する。

 父親と娘の確執を音楽を通して描くという点で、この映画は『シャイン』に似ているかもしれません。音楽が人間を成長させて行くという点では、『陽のあたる教室』にも似ているかもしれません。これらの映画が好きな人なら、間違いなく感動できる映画でしょう。青年期のララを演じたシルビー・テステューも素晴らしいのですが、少女時代のララに扮したタティアーナ・トゥリープの存在感が抜きんでています。ドイツでは期待の新人だという話ですが、それも納得できる芝居でした。


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