陰謀のセオリー

1997/09/11 丸の内ピカデリー1
(完成披露試写会)
妄想癖のあるタクシー運転手が、政府秘密機関の陰謀を察知する。
リチャード・ドナーの新作だが、これは凡打。by K. Hattori



 メル・ギブソンが妄想癖のあるタクシー運転手を演じるサスペンス・スリラー。少し頭のおかしい運転手が語る、愚にもつかない戯れ言の数々。タブロイド誌をにぎわしているような、世にも恐ろしい世界的陰謀の実態を男は得意げに客たちに披露している。いわく「ブッシュはフリーメーソンの幹部で元CIAの長官だ」「ベトナム戦争は、ハワード・ヒューズとオナシスの賭けではじまった」などなど。聞いていても苦笑するしかないような話なのだが、本人は大真面目。彼は要塞のようなマンションに戻っては、新聞記事を丹念にスクラップし、独自の統計項目に照らし合わせては、新たな「陰謀説」を再生産して行く。最新の陰謀は、NASAによるスペースシャトルと地震兵器を使った大統領暗殺計画。

 映画の原題は『CONSPIRACY THEORY』。直訳すれば『陰謀説』といったところだろうか。「国民の知らないところで政府はとんでもないことをたくらんでいる」という政府陰謀説は、アメリカ映画によくある題材。陰謀論者の筆頭は、『J.F.K.』のオリバー・ストーン監督だろうが、この『陰謀のセオリー』ではストーン監督自身が「陰謀説」の中に取り込まれているのがおかしかった。メル・ギブソン演ずるタクシー運転手のジェリーは、こうした「陰謀説」で埋め尽くされた世界に暮らす精神的な被害者です。普通の人から見れば、彼の言動はやはりどこかおかしい。しかし、彼の言っていることが、逐一事実を言い当てていたとしたら……。

 「嘘から出たまこと」ということわざがありますが、この映画のアイデアも似たようなものでしょう。愚かな世迷言にしか聞こえない各種の陰謀説が、じつは政府の影でうごめく謎の権力組織の動向をピタリと言い当てている。組織の黒幕は、自分たちの陰謀を知る人物を探し出して抹殺しようとする。このストーリーラインはどこかで観たことがあるなぁと思ったら、ジュリア・ロバーツとデンゼル・ワシントン主演の『ペリカン文書』と同じだった。『ペリカン文書』では、法科の学生が書いた「CONSPIRACY THEORY」に関する仮説論文が、じつは事件の真相を言い当てていたことから巻き起こる物語です。そうした関連に気付くと、『陰謀のセオリー』のヒロインがなぜジュリア・ロバーツでなければならないのかという必然性に説得力が生まれます。

 法科の学生かタクシーの運転手かという違いはあれど、「荒唐無稽な仮説は本当でした」という線で押すなら、そのまま押し切ってしまえばよかった。この映画は途中から、主人公が陰謀組織の秘密工作員だったというネタを割って、話を別の方向にすげ替えてしまう。記憶喪失の工作員ということになると、『タイム・ボンバー』や『ロング・キス・グッドナイト』と同じ路線で、これは『ペリカン文書』とはなじみが悪い。そのあたりの整合性をどうつけるかが脚本のポイントなんでしょうが、それがこなしきれないまま映画になっているような気がします。そこそこ面白い映画だけに、惜しい失敗です。


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