萌の朱雀
(もえのすざく)

1997/09/11 シネセゾン試写室
カンヌ映画祭でカメラドール(新人賞)を獲得した河瀬直美監督作。
風景や人物が瑞々しく繊細に描かれている。by K. Hattori



 今年のカンヌ映画祭で、新人賞にあたるカメラドールを受賞した作品。27歳での同賞受賞は、史上最年少だそうです。思いがけず大きな賞を得たことで、本来なら単館で細々と上映されてビデオにもなりそうにない作品が、柄にもない脚光を浴びているようにも見えます。同じカンヌでパルムドールを得た今村昌平の『うなぎ』が「どんな人が観てもそこそこ面白い映画」に仕上がっていたのに比べると、『萌の朱雀』はどうしようもなくマイナーでインディペンデントな匂いがプンプンする。僕とてこの作品が持つ瑞々しい魅力には感銘を受けましたが、誰彼なしに「観て観て!」と無条件に薦めて回るような映画ではないような気がしました。

 奈良県の山間にある小さな過疎の村を舞台に、家族がばらばらに壊れて行く様子を描いた静かなドラマです。夫婦と年老いた母親、一人娘、両親が離婚してひきとられている年長の従兄の5人が主な登場人物。僕はこの家族の関係がすぐには飲み込めなくて、映画を観終わった後、プレス資料を見てようやく納得できた。この家族の関係が、すぐに理解できた人はどれだけいるんだろうか。血のつながらない家族をわかりやすく紹介するには、登場人物のひとりを語り手にして、モノローグで説明してしまうのが一番手っ取り早い。(ウディ・アレンの『世界中がアイ・ラヴ・ユー』は、込み入った家族関係を台詞でスラスラ説明して簡潔そのもの。)次が、登場人物の言動で、それとなく観客に伝える方法。この映画では後者を選択したようだが、さりげなさすぎて聞き落としてしまった。僕の不注意もあるんだろうけど、さりげなさすぎるんだよなぁ。それで最初からつまずいた。

 家族の中に特定の主人公というものを設けず、常に第三者的な目で描写を続けているところも、結果として物語を追いにくくしてしまった。これは物語の手法そのものが持つ問題点なので、容易に「主人公を設定すればいいのだ」とは言い切れないところがあって難しい。登場人物たちから常に一歩離れた第三者的な視線が、この映画の持つ不思議な温かさや心地よさを作っていることも事実だからだ。こうしたカメラと登場人物たちの距離感は作者の意図するもの。『萌の朱雀』というタイトルにも、それははっきりと現われている。

 このスタイルが河瀬監督の個性なのかどうなのか、何しろこの映画1本しか観ていないので判断できないのですが、ひょっとしたら、まだ表現手法に技術が追いついていないのかもしれない。今後何本も映画を撮って行けば、技術に磨きがかかって、このスタイルのままでとびきりの映画が作れるかもしれない。『萌の朱雀』の中にも、と胸をつかれる素晴らしい場面が何ヶ所もある。少女が従兄の部屋の前で「あんな、好きやねん」と告白する場面にはゾクゾクした。ただし、表現にややむらがあるのも事実で、ラストシーンは形式にはまりすぎているような気もする。いずれにせよ、世界に認められた日本の才能を観ておくのも、映画ファンとしては悪くない。


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