エンジェル・ベイビー

1997/07/02 シネマスクエアとうきゅう
精神病のカップルを優しい目で見つめたファンタジックな恋物語。
ケイトを演じたジャクリーン・マッケンジーが素敵。by K. Hattori



 オーストラリア映画には色がない。モノクロ映画だという意味ではないよ。「これがオーストラリア映画だ」とひとくくりにできる特徴(カラー)がないという意味。『プリシラ』と『シャイン』と『エンジェル・ベイビー』の共通項ってなんだろう。これは「カナダ映画」を観た時の感覚にも似ている。同じ英語圏でありながら、アメリカともイギリスとも違う空気を持っていることは間違いないんだけど、その正体が何なのかわからない。これはただ、オーストラリア映画をあまり観る機会がないから全体像をつかみあぐねているだけなのか、それとも、そもそも映画の国民性などいうものが幻想に過ぎないのか……。たぶん前者の理由が濃厚だろう。オーストラリアの映画は、日本でももっと公開されていいんじゃないだろうか。いい役者がたくさんいそうだけどな。

 この『エンジェル・ベイビー』は、そんなオーストラリアの新人監督マイケル・ライマーが撮ったデビュー作。恋人たちのささやかな生活と、それを温かく見守る家族の絆を描いた小さな映画だ。『シャイン』がオーストラリア・アカデミー賞を9部門受賞した前年、同賞で主要な7部門を受賞している。賞の値打ちは受賞作が決めますが、『エンジェル・ベイビー』の翌年に『シャイン』を受賞させるオーストラリア・アカデミー賞の見識はたいしたものですね。もっとも、日本に来るオーストラリア映画の絶対量が少ないので、製作された映画の中でもごくごく上澄みの部分しか観られないんですが……。はたしてオーストラリア映画は全体としてレベルが高いのか、それともたまたま面白い映画だけが日本に輸入されているのか。どっちにしろ、輸入されない名作傑作は多いはずだ。配給会社はつまらないヨーロッパ映画を輸入する前に、オーストラリアに目をむけてみてください。

 『エンジェル・ベイビー』の話に戻します。精神病で苦しむカップルを描いた映画ですが、主人公たちを我々のすぐそばにいる隣人として、温かい目で描いているところが新鮮でした。精神病患者というと、我々の知り得ない世界に住んでいらっしゃる方々、という見方をしてしまいがちですが、この映画に登場するハリーとケイトに、僕はすんなりと感情移入できました。僕は男ですから、どうしてもヒロインのケイトばかりを見てしまうのですが、ケイトを演じているジャクリーン・マッケンジーの存在感は素晴らしい。物語はもっぱらジョン・リンチ演じるハリーの視点から描かれていますが、彼がケイトに夢中になる気持ちに説得力があるのは、マッケンジーの存在感が際立っているからです。

 映画として難がないわけではない。妊娠を機会に薬を断つ決心をする二人ですが、なぜ薬を断たねばならないのかという説明が不足しているような気がしますし、その後の幻聴や発作なども、薬をやめたせいなのか別の原因があるのかよくわからない。ここはもう少していねいに描いてほしかった。物語の結末は悲しいものですが、映画はここでタイトルにつながるのです。


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