鞍馬天狗
(鞍馬天狗・黄金地獄)

1997/05/17 東京国立近代美術館フィルムセンター
昭和17年に伊藤大輔が撮った、別名『鞍馬天狗・横浜に現わる』。
占領下のチャンバラ禁止が恨めしく感じられる1作。by K. Hattori



 伊藤大輔監督が昭和17年に撮った『鞍馬天狗・横浜に現わる』には、伝説になっている壮絶な立ち回りがある。おおよそ300メートルほどの道にからみ役がびっしりと並び、その中を嵐寛天狗が全力疾走しながら斬って斬って斬りまくるというもの。島野功緒の「時代劇博物館」(教養文庫)によれば、『出来あがったシーンは、すごい迫力であった。寛寿郎自身も感心したが、伊藤大輔は内心「参った」と、うなった。あれほど激しい立ち回りの後なのに、斬り終ってスッとポーズをとると、裾はいささかも乱れていない』。こんなもの読まされたら、嫌でも観たくなりますよ。

 『鞍馬天狗・横浜に現わる』は、戦後『鞍馬天狗・黄金地獄』と改題されて上映されました。フィルムセンターに収蔵されているのも『黄金地獄』の方ですが、この映画にはなぜか問題の「300メートル全力疾走斬り」の場面がありません。可能性としては2つ考えられる。ひとつは、そもそもこの映画に300メートル斬りの場面はなく、伊藤大輔も嵐寛寿郎も、何か別の映画と勘違いしているということ。もうひとつは、戦後の占領軍による検閲で、チャンバラ場面がカットされたということ。僕は後者の可能性が高いと思っています。

 件のチャンバラがあったとすれば、それは天狗と杉作が造船所の地下を探っている最中、相手方に見つかって逃げる場面でしょう。現行のフィルムでも、長い堤防を天狗が走りながら数人斬る場面が出てきます。話の流れとしてはぜんぜん不自然じゃない場面ですが、天狗ファンとしては不自然に感じざるを得ない。鞍馬天狗ともあろう者が、たかだか5,6人の追手を前に、海に飛び込んで逃げるものだろうか。杉作を逃がした後、ここには伝説の大立ち回りが入っていたのではなかろうか。

 チャンバラがカットされていた痕跡は、映画の終盤にもあります。クライマックスのヤコブ商会での立ち回りだけ、フィルムがやけに傷んでいるのです。所々でコマが飛ぶなど、ひどいありさま。音声も一時途切れます。これはカットされていた部分を後から見つけて、復元した結果なのではないでしょうか。300メートル斬りが駄目なら、階段の殺陣も駄目に決まってます。このクライマックスの殺陣は、階段とクレーンを使った上下移動の立ち回り。前半の横一直線の300メートル斬りが残っていれば、両者は好対照だったと思うのですが……。

 伊藤大輔という監督は、大河内傳次郎と組んだ『丹下左膳』が有名です。この人は原作をかなり大胆に解釈するというか……、いじってしまう人です。『丹下左膳』も原作とずいぶん雰囲気が違うもんね。この『鞍馬天狗』でも、大佛次郎の原作を離れ、独自の天狗像を作っている。杉作に姉と妹がいるのはともかくとして、天狗と杉作が明治4年に初対面というのには驚いた。

 ところで大佛次郎の原作が、今ほとんど読める状態にないのは残念です。朝日文庫は絶版だし、徳間文庫も品切れ状態みたい。どこかで引き継いでくれないかな。


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