誘拐

1997/05/13 東宝第1試写室
ベテラン刑事渡哲也が、生意気な新人永瀬正敏を一人前に鍛える。
手に汗握る前半に比べると、後半がやや弱いかな。by K. Hattori



 渡哲也と永瀬正敏が主演のミステリーアクション。監督はゴジラシリーズの大河原孝夫。脚本は森下直の城戸賞受賞作。企業重役を誘拐し、身代金受け渡しのテレビ中継を要求した犯人と、それを執拗に追う刑事たちの対決を描いています。他社製作映画の配給や他社との提携作品が多い東宝が、満を持して放つ自社製作作品。冒頭の大空撮や、日本映画では珍しい大規模な街中での大掛かりなロケーションなど、さすがに力が入ってます。

 誘拐ものと言えば、黒澤の『天国と地獄』が嫌でも思い出されますが、この映画の前半は、『天国と地獄』のこだま号を使った身代金引き渡しシーンが延々続くような迫力。黒澤がこだま号を1両借り切り、複数のカメラを効果的に使って一度で撮影を済ませたのと同じように、この映画でもテストなしの一発勝負で撮影が行われたそうです。次々変更される身代金受け渡し場所の指示に従い、3億円を背負って移動する人物と、それを取り囲む報道陣。東京の地理をある程度知っている観客なら、犯人の要求がいかに過酷なものかがよくわかるはずです。

 公衆電話を使って犯人が矢継ぎ早に次のポイントを指示して行くというアイディアは、'95年の『ダイ・ハード3』にもありました。今回の『誘拐』では、指示を出されて移動して行く人物の周囲を、数百人規模の報道陣が取り巻いているという絵が面白いのです。新宿新都心、歌舞伎町、国立競技場。芝増上寺、新橋烏森口、新富町、銀座四丁目、日比谷。人物の移動ルートがある程度地図上でイメージできると、面白さはぐんと増します。ただし逆に言えば、これは地図上の位置関係がわかっていないと面白さが半減するという意味でもあります。捜査本部に東京都心部の地図を広げて、人物の動きをマーカーでプロットして行くなどの工夫が欲しかった。銀座から日比谷公園に向う永瀬正敏が、ほんの少しだけど遠回りする描写も気になりました。ま、些細なことですけど。

 人物の描写にはやや紋切り型の描写も見えて、そこがこの映画の傷になっています。新人刑事とコンビを組むベテラン刑事という配置は盤石なのだから、あとはそれぞれの人物をどれだけ掘り下げられるかだと思う。その点で、この映画はまだまだ食い足りない。渡哲也はもう「出来上がっちゃった人」だからやむを得ないにしても、永瀬正敏はもう少しどうとでもなるはずだ。永瀬の役は、自信過剰で生意気な新人刑事という型にはまりすぎ。もう少しふっくら仕上がると、物語に広がりが出たと思う。酒井美紀の怪しげな大阪弁も、かえって芝居を窮屈にしてしまっている。無理せず標準語でのびのびと演技させた方が、彼女の存在が生きてきたような気がする。

 冒頭の空撮シーンから身代金受け渡しまでの面白さに比べ、後半の犯人探しの部分は少しパワーダウン。前半は渡哲也に物語を引っ張らせても、後半は永瀬正敏に主役を渡して、物語にメリハリをつけた方がよかった。ちょうど黒澤が『天国と地獄』で、三船から仲代に主役を交代させたように……。


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