WILD LIFE

1997/04/07 シネマ・カリテ3
監督の青山真治がはじめて撮ってみせた普通の映画。
今年一番面白い邦画。デートにもおすすめ。by K. Hattori



 『Helpless』『チンピラ』に続く、青山真治監督の第3作。僕はこれを、今年観た邦画の中ではナンバーワンに推す。ミステリーあり、アクションあり、ラブロマンスあり、ユーモアあり。前2作の硬質で冷たいタッチに比べると、この『WILD LIFE』は明るく楽しい一般受けしそうな映画に仕上がってます。この映画がシネマ・カリテで単館上映、しかもレイトショーというのはいかにも寂しい。この映画を観れば、一般の若い観客も「日本映画は面白い」「若手監督は岩井俊二だけじゃない」ということがわかるんだけどなぁ。ラインナップが弱い大手邦画興行チェーンは、この映画の配給権を買い付けて全国に拡大ロードショーしなさい!

 『Helpless』や『チンピラ』は評価が高かったんですが、正直言って僕は物語の中に素直には入り込めなかった。2本とも端正な作りの映画で、監督に力量があることは認めながらも、描かれている対象に感情移入することを拒む何かがあったんです。それに比べると、この新作は見事に開けっぴろげで、僕を物語の中にぐいぐい引き込んで行く。カメラもいつになくよく動いてましたね。

 主人公以下、キャラクターの造形が冴えているんだよね。パチンコ業界という、身近でありながらちょっと距離のある世界を舞台にしたのも、親しみが持てる原因かもしれないけど、それよりキャラクターの強さが勝っている。豊原功補演ずるボクサー上がりの主人公、ミッキー・カーチス演ずる社長、その娘の夏生ゆうな、主人公たちを追う國村隼、その部下のやくざたち。

 中でも僕のお気に入りは、主人公たちを助けることになる新宿署の刑事・矢島健一。「ルノワールでガーシュインが流れてきたのを聴いて、席から立てなくなった。涙が出た。世界中の人間がガーシュインを聴けば、世の中は平和になる」と告白するこの男を、同じくガーシュインのファンである僕がヒイキにしないはずがない。思わず「そうだそうだ」と根拠のない声援を送ってしまう。この場面ではBGMもガーシュイン風で、「パリのアメリカ人」のブルース調の部分を引用してます。ガーシュインの引用は映画のラストにもあって、ここでも「パリのアメリカ人」が引用されている。メロディーなどもいじって原曲から離したのは、著作権の問題かな……。

 前2作で見せた青山真治流のスタイリッシュな格好良さに加え、この映画は全編が笑いに満ちている。正直言って、こんなに笑える映画だとは思っても見なかった。豊原と夏生がソファーに座って会話をするシーンの、奇妙な間のとり方など、人をくったユーモアのセンスを感じます。居酒屋で豊原と矢島が話すシーンも面白い。最高なのは、夏生と矢島の恋の鞘当てでしょう。あれは爆笑しました。こうした場面が、全部シリアスなシーンで出てくるんですよ。笑いが緊張感の中に風を入れて、物語全体をふっくらとしたものに仕上げてます。

 青山真治という監督は、ものすごく守備範囲の広い人なんですね。これからも期待できる監督です。


ホームページ
ホームページへ