鞍馬天狗
角兵衛獅子

1997/01/02 文芸坐ル・ピリエ
昭和13年の日活作品。戦後のリメイク版より単純で面白い。
杉作と新吉の角兵衛コンビが泣かせる。by K. Hattori



 つい先日戦後の松竹版を観たばかりだが、こちらは昭和13年に日活で作られたもの。映画の冒頭に「嵐寛寿郎日活入社第一作」という文字が踊る。タイトル以下、横書きの文字がすべて右から左に流れるのが、今の目には読みづらくってしょうがない。

 上映時間は50分ほど。肝心のチャンバラがほとんど見られないんだけど、これは短縮版なんじゃないかな。戦時中に上映時間の制限から、映画を短く縮めてしまった例はたくさんあるから、これもそうなのではないか。この直後に同じ日活で作られた『鞍馬天狗・龍攘虎搏の巻』は1時間20分ぐらいあるから、余計にそう思わずにいられない。嵐寛はこの当時も大スターだったはずで、その移籍第1作が50分てことはないでしょう。周囲を敵に囲まれ「さてここから大殺陣」と身構えたところで、次のシーンにつながるのは不自然だよ。最後の新選組なんて、登場するまであれだけ間を引き伸ばしておいて、大阪城の石段で天狗を少し追いかけておしまいだもん。

 チャンバラらしいチャンバラは、映画の前半、寺に潜伏していた天狗を隼の長七の手引きで新選組が襲う場面ぐらい。これも乱闘から一転すると、天狗が悠々と歩いている場面にかわり、どうやって脱出したのか子細は不明なままだ。どうも欲求不満になるなぁ。

 監督は松田定次とマキノ正博。マキノ監督は前年『決闘高田馬場』という傑作を撮っていて、そこでは主人公の中山安兵衛が八丁堀の長屋から高田馬場まで、韋駄天走りに走り抜くところが見ものになっていた。短いカットを幾つもつないだモンタージュが、目的地にひた走る主人公の気持ちを代弁し、観客の気持ちをもいやが上にも掻き立てる。しかし同じような手法を使っているこの『角兵衛獅子』では、それが成功しているとは思えない。結局この手法は「高田馬場へ」という明確な目的地が存在してこそ映えるのであって、目的が明確でないままただカットを重ねても、それは「騎乗して走る天狗」「それを追う新選組」という描写で終ってしまう。

 鞍馬天狗と言えば杉作少年がつきものです。戦後の松竹版では美空ひばりが杉作役、その後の東宝版では松島とも子が杉作でした。戦前の日活版には杉作少年以外に、その弟分の新吉少年が登場します。このコンビが、なかなか泣かせる芝居をするんです。

 親方の家に帰るのが遅れ、夕食抜きの罰を受けたふたりが、布団の中で互いに強がりを言う場面。角兵衛で稼いだ金を落とし、「折檻されるくらいなら死んだ方がまし。いっそひと思いに死んじまおう」と泣きべそをかく場面なんぞは、ふたりが可哀相で可哀相でしょうがない。それだけに、偶然通りかかった天狗の親切が無条件に受け入れられる。

 天狗捕縛に失敗し、杉作と新吉を折檻しようとする親方。折檻の鞭がまさに振り下ろされようとする寸前、天狗登場。鞭を取り上げて親方の長七を繰り返し打つ場面は、映画の中で一番胸がスッとしました。


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