星の王子さまを探して
サン=テグジュペリ〜魂の軌跡

1996/09/22 シネスイッチ銀座
「人間の土地」と「夜間飛行」が大好きな僕が観ても退屈な映画。
資料的な人物伝を期待すると裏切られる。by K. Hattori


 童話「星の王子さま」の作者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの生涯を、幻想的に描いた映画。冒頭に「事実をもとにしたフィクション」という断りが入るが、それに違わずかなり大胆な解釈と描写で、映画は主人公の内面世界にに切り込んで行く。原題は「SAINT-EX」。サン=テグジュペリの愛称そのものをタイトルにしている。日本ではそれでは通らぬと見て、タイトルに有名な星の王子さまを持ってきた。サブタイトルの『サン=テグジュペリ〜魂の軌跡』で原題を受けている。

 主人公サン=テグジュペリ役に『ベルリン・天使の詩』のブルーノ・ガンツ。妻コンスエロ役には『クライング・ゲーム』の女テロリスト役が印象的だったミランダ・リチャードソン。この他、モノクロ映像で挿入されるサン=テグジュペリに縁のある人たちの談話が、フィクションと断った物語にドキュメンタリー風の味付けをしている。事実と虚構がない交ぜになった不思議な物語は、エピソードのひとつひとつがサン=テグジュペリの伝記なのか、それとも彼の作品世界の映像化なのかという境界線を曖昧にしながら進んで行く。

 僕にとってのサン=テグジュペリは「星の王子さま」の作者というより、新潮文庫版・堀口大学訳の「人間の土地」や「夜間飛行」の作者という印象が強い。「人間の土地」は名著です。「星の王子さま」は昔読んだんだけど、どこが面白いんだかわからないまま、読み返すタイミングを逸している。ちなみに「夜間飛行」と同じ本に入っている「南方郵便機」は、何となく読みそびれているんだよね。「夜間飛行」は2度も3度も読んでいるのに、ちょっと不思議なことなんですけど……。

 映画の中でコンスエロが言い放つ「あなたの小説の飛行場面は素晴らしいけど、恋愛の描写はてんで駄目」という評価は、僕のサン=テグジュペリ観と同じようなところを突いている。僕が「夜間飛行」を繰り返し読むのは、やはりそこに描かれている飛行場面の素晴らしさに胸を打たれるからなのだ。「夜間飛行」の中で最も印象的なのは、嵐の中に飛び立った飛行機が、わずかな雲の切れ目から雷雲の上に飛び出してしまう場面。同じような場面が映画の中に登場するのだが、これがいささか安っぽかったのにはガッカリ。この場面に限らず、この映画のなかの飛行場面にはあまり魅力がない。

 「人間の土地」にも登場するギヨメという名の同僚飛行士がアンデス山中から脱出するエピソードは登場しませんでしたけど、サン=テグジュペリがサハラ砂漠から脱出する話は出てきました。このエピソードは「人間の土地」のクライマックスなんですが、映画の中ではずいぶんとそっけなく描かれていたなぁ。同僚プレヴォーもえらく愛想が悪い男だった。

 伝記というより、サン=テグジュペリが大好きな人が作った、一種のイメージフィルム。幼くして死んだ弟フランソワが、彼にとっての星の王子さまである、という解釈だけでできている映画だった。ちょっと退屈したな。


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