黒い罠
(完全版)

1996/08/31 銀座文化劇場
チャールトン・ヘストンとオーソン・ウェルズが闇の中で対決する。
ウェルズ演じる悪徳刑事のエネルギッシュさが見もの。by K. Hattori


 ジョン・トラボルタ主演のハリウッド・コメディ『ゲット・ショーティ』で、トラボルタ演ずるチリ・パーマーがレネ・ルッソをデートに誘うのがこの映画。劇中でも、クライマックスの映像が少し引用されていました。映画の台詞を丸々暗記しているトラボルタが、スクリーンを食い入るように見つめながら劇中人物の台詞をつぶやく。チリ・パーマーの映画への純粋な愛情が表現された、印象に残る場面でした。

 恥ずかしながら僕はこの映画を観るのが今回初めてですが、チリ・パーマーがなぜこの映画が好きなのか、少しわかったような気がしました。これは話の筋云々より、チャールトン・ヘストンとオーソン・ウェルズの対決を楽しむ映画ですね。むしろ話の方は蛇行して、途中で筋を追い切れなくなるような怪しげなもの。アメリカとメキシコの国境の町で起こった自動車の爆破事件を発端に、たまたま現場に居合わせたヘストン演じるメキシコの政府高官と、事件捜査の陣頭指揮をするウェルズ演じるアメリカ人刑事が出会うことになる。

 最初は車の爆破事件から始まったはずなのに、物語は途中からそんなもの放り出して、オーソン・ウェルズの悪徳刑事ぶりを暴露しようとするチャールトン・ヘストンの動きを追いはじめる。ウェルズは捜査現場で証拠をでっち上げては犯人を検挙する、違法捜査と証拠捏造の常習者だったのだ。それを堂々と目の前でやられては、正義感の強いヘストンは黙っていられない。彼は過去の調書を丹念に調べ、ウェルズの旧悪を白日の下にさらして行く。だが、そんなヘストンを黙ってみているウェルズではない。彼はヘストンに悪意を持つメキシコ人ギャングと共謀して、ヘストンの妻を誘拐する。

 この映画の困ってしまうところは、本来サスペンスとして計画されていたであろう場面のいくつかが、今やサスペンスの味わいを消してしまっているところにある。例えばヘストンの妻がモーテルから誘拐されるまでを描いたエピソード。これははっきり言って、展開がまどろっこしい割に効果が全くない。多分最初からエピソードの組み立てに難があるのだ。観客は彼女が何らかの危害を加えられるであろうことを最初から察しているのだから、その中で彼女だけはそれを知らないという状態を維持してくれなければ困る。「ああ危ない。なぜ彼女は気がつかないんだ。早く逃げろ、早く〜」という状態が、ここには存在しないぞ。

 クライマックスでヘストンがウェルズの台詞を録音しようと、無線機抱えて走り回る場面も気になる。あの無線機は馬鹿でかい図体のくせに感度が悪く、時々無線が入らなくなるんだよね。しかも、常に相手からつかず離れずの位置にいなければならない。僕はヘストンが無線機を抱えたままザブザブと川に入る場面で、相当しらけた気分になった。あの無線機という代物は、これから不正を暴こうという主人公には似つかわしくない持ち物である。あんなこそこそした主人公は見ていられない。


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