バンド・ワゴン

1996/06/23 銀座文化劇場
アステア主演の傑作ミュージカルを劇場の大スクリーンで観られる幸せ。
話に芝居に演出に、まったく無駄がない。by K. Hattori


 ビデオやLDでもう何度も見ている、MGMの傑作ミュージカル。ミュージカル映画のベストを1本だけ選べと言われれば、僕はややためらった後にこの映画を推すだろう。ためらう理由は簡単で、MGMにはもう1本『雨に唄えば』とう大傑作があるからです。そちらをベストにあげる人も多いですね。でも僕は迷った末にこちらを選ぶ。アステアかジーン・ケリーかという選択になれば、普通アステアでしょ。違うかなぁ。

 RKO時代のジンジャー・ロジャースとのコンビは別として、アステアの映画ってのはどうしてもアステアの一人舞台になってしまう傾向があるんだよね。少なくとも中に登場するミュージカルナンバーになると、アステアは見事に画面全体をさらって行ってしまう。誰と踊っていても同じ。相手は帽子掛けでもいい人だもん。この映画のアステアは靴磨き相手に唄い踊る「A Shine on Your Shoes」が目立つ程度で、他にはソロダンスがあんまりないんだよね。クライマックスの「The Giral Hunt」は素晴らしいけど、アステアの得意分野とは言えないでしょう。むしろ見所になるのはシド・チャリシーと踊る「Dancing in the Dark」や、ジャック・ブキャナンとの「I Guess I'll Have to Change My Plan」、ナネット・ファブレーを加えた楽しい「Triplets」などでしょうね。

 ビデオやLDでもこの映画は楽しいんですが、映画館の大画面で観ると楽しさの二乗です。結構つまらないところが気になったりするのも、映画館ならではの楽しみかたですね。僕は初演が失敗した夜にブキャナンを除いた全員が歌う「I Love Louisa」というナンバーで、オスカー・レヴァントがどうやら本当にピアノを弾いているらしいのが気になってしょうがない。彼は本職のピアニストで、『アメリカ交響楽』や『巴里のアメリカ人』でもピアノを弾く場面がありましたよね。今回レヴァントは作曲家の役なんだけど、ピアノを弾く場面がほとんどない。「I Love Louisa」を見ていると、どうも撮影中にはレヴァントのピアノから音が出ていて、それに合わせてみんな歌ったり踊ったりしているんじゃなかろうかという気がしてくる。映画では上からオーケストラの音がかぶさっていますから、幻の音です。

 この映画にはドアの開け閉めだけで笑わせる場面が、何ヶ所かありますよね。ひとつはコルドバが出資者を前に大熱演するのを、出演者たちがこわごわと覗き込む場面。もうひとつは、初演の夜に出資者たちがニコニコ劇場に入って行き、葬式の夜のような顔をして劇場を出てくる場面。僕はここでクスクス笑いが止まらなくなってしまいました。

 冒頭のオークションもそうだけど、こういうちょっと露悪的な洒落っ気もこの映画の魅力です。


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